「名前?」

後ろから聞こえた幼馴染の声に、体を振り向かせた。

『幸ちゃん』

そこにいたのは自転車に乗っている笠松幸男。なんだ、今日は自転車だったんだ。

「お前なんで歩いてんの?」
『だって今日、朝雨だったから』

返答すると、そういえばそうだった、と納得する彼。

『幸ちゃんは自転車なんだね。家まで乗せてってよー』
「はあ? 嫌だよ」

そんなこと言ってるくせに、私のほうへ近づいてくれる。本当に不器用なの、昔から変わらないね。

「まったくなあ…。ほら、乗れよ」
『やった。幸ちゃんありがとう』

よいしょ、と後ろの二台に乗る。

「しっかり捕まっとけよ」
『はーい』

彼の肩に捕まった途端、自転車が勢いよく走り出す。風が強く当たって痛いけど、少し気持ち良いな。
目の前にある、肩幅の広い逞しい背中。思わず抱きしめたいけど、そんなこと出来ない。できるわけが、ない。

『ねえ、幸ちゃん』
「あ?」

一生懸命、自転車を漕いでる彼に少し小さめな声をかけた。でも幸ちゃんはそれを逃すことなく、聞いてくれた。

『…今日さ、2組の西田さんに告白されてたでしょ』

キキーッ、と突然ブレーキが掛かって、危うく自転車から転げ落ちそうになった。

『ちょ、危ないよ!』
「わ、悪ぃ…。っじゃなくて!何でお前がそれを知ってんだよ!?」
『いや…ただ見かけただけだよ』
「何してんだお前…」
『気になったんだもん。別に良いでしょ。…で?返事は?』

一番気になった答え。幸ちゃんはなんて答えるのかな。
もし「そう」であったら私は――…。

「断った」
『え?断ったの?』

思いがけない返答に少なからずびっくりした。それと同時にどこかホッとしている自分もいる。

「だってよ、別に西田のことが好きなわけじゃねぇし…。それに、

お前は俺がいなくなったら、一人で何も出来ないだろ?」

ニカッと子供らしく笑った彼。続けて「お前は俺に依存してるところがあるからなー」と言った。
彼の一言に否定できなかった私は、『そうだね』と返した。
…――彼が私の気持ちに気づいていないことに、少しだけ悲しくなりながら知らないふりをして。

気づいてほしいと願いながら、
気づかれてしまうことを恐れる

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