「少し濡れちゃった、な…」

小さく呟いた私の言葉は、急に降りだした雨にかき消され誰にも届かない。
体育館で自主練をする彼の耳にも…

今日は、久しぶりに部活が休みだった。
しかし根っからのバスケ馬鹿なバスケ部員達は、当然のようにバスケ三昧な一日となっている。
斯く言う私もそんな馬鹿の一人らしくこうして様子を見に学校へ来てしまっている。
只、想定外だったのは、この突然降りだした雨。
「もう少しで学校だ」っていうところで雨に降られてしまった。
お陰で服は薄ら濡れて若干肌寒さを覚える。
でもこの寒さって、濡れた服を着ている所為なのだろうか…?

それとも目の前の光景の所為だろうか…?

己の冷える体を抱きしめながら少し開いている体育館の扉から中を疑う。
しかし目にした中の光景は、決して嬉しいものじゃ無くて
“今日、体育館(此処)に来なければ良かったと”後悔するものだった。

目の前の先輩達…は、はち切れんばかりのクマのTシャツを着た桐皇高校バスケ部の敏腕マネージャーである桃井さんへと向けられている。
顔を赤く染めた先輩方の視線は、横に伸びたクマさんへと注がれていて正直気分の良いものではなかった。
何故ならその先輩方の中に私の彼も含まれているのだから…

同じバスケ部マネージャーという立場にあっても桃井さんと私とは、雲泥の差がある。
彼女の情報収集能力は、他校の私達にとってはとても脅威だ。
参謀としての能力もあり あのように外見も素晴らしい。
それに比べて私は、マネージャーとしての力も外見も彼女の足元にも及ばない。
リコ先輩と比べると多少胸は、大きいと思うけど…桃井さんまで大きくはないので、当然勝てない。

「やっぱ無理なのかな…」

体育館の光景を見ながら思わず出た一言。
今日は、休みなんだから大人しく家でまったりと過ごせば良かったんだよね。
午前中に行ったヘアサロンも桃井さんを前にすると無駄に思えてならない。

「何が無理なんですか?」

突然の背後から聞こえてきた声に反応するように振り返ると 相変わらず影の薄い同級生の黒子テツヤ君。

「ビックリした…って、あれ?今日って1年だけで5on5の大会に出るんじゃかったの?」

どうして此処に?と黒子君へ問えば「先輩に学校へ来るようと携帯へ連絡がきたので」と淡々と答える黒子君。
ああ、桃井さんが居るからか…
と咄嗟に理解した私は、その場を去るように歩き出した。
この場に居たく無いと思ってしまったから。

これ以上、彼のあんな姿は…

「どこへ行くんですか?」

キョトンとした表情で私に聞いてきた黒子君は、私の行動に理解出来ないでいるみたいだった。

「あ…帰ろうかな…って思って…」

曖昧な笑顔を振りまいて再度歩みを進めるべく足を動かす。
しかしそれは、上手いこといかずに歩みを止められてしまう。
黒子君に腕を掴まれて。

「そのままだと風邪ひきますよ」

差し出されたのは、先程まで黒子君が着ていた白い半そでのシャツ。
「着替えてきたらどうですか?」と勧められるままに行動してしまう私ってどれだけチキン体質なんだろうか…
「ありがとう…」と黒子君へお礼の言葉を口にすると「大したことは、していません」と返って来た。

「それで…何が無理なんですか?」

てっきり黒子君は、忘れられたかと思っていたのに再びそれを問われるとは…

さあどうしようか…

「私と桃井さんって同じマネーシャーなのに、全然違うなって思ったの。マネージャーとしての力量も人としてのレベルも…」

思わずそう口にしたけど黒子君の顔を見ることが出来なかった。
だって桃井さんは、黒子君と同中で仲が良い。
桃井さんは、黒子君のこと好きみたいだし…黒子君も…
あんなに可愛い人に好かれていたら、悪い気しないよね。

「…ごめん、ね。さっき言ったこと忘れ「僕は、好きですよ。みょうじさんのこと」………え?」
「だから桃井さんと比べる必要は、無いと思います。マネージャーとしても人間性もみょうじさんは、素晴らしいと思います。だから自分を卑下しないでください」

慣れない手つきで私の頭にポンと手を置くとそのまま体育館へと入っていく黒子君。

えっと…
さっき黒子君私のこと好きって……言った…?

黒子君が体育館の中へ入ると遅れてやって来た火神君達と何故か木吉先輩も続けて体育館へと入っていった。
その姿を目で追うと黒子君は、桃井さんに押し倒されていて…
桃井さんって、肉食系女子?
なんて先程の思考回路とは、違うことを考えてしまう私は、案外調子の良い性格をしているのかもしれない。

ぼーっと黒子君達を見ていると私の姿を発見した彼が私の元へと走ってくる。
彼の顔は、嬉しそうで先程の桃井さん(胸元のクマさん)へ向けていた表情を私が目撃していなかったらさぞ喜んでいただろう。
でもね…他の女性を見て顔を赤くして鼻の下を伸ばしていた姿を見てしまうとね…

百年の恋も一時に冷める…ですよ。

私の前に立った彼は、慣れた手つきで私の頭を撫でる。
目じりを下げて嬉しそうにそうする姿は、やっぱり嬉しくて好きだなって思う。
コテンと首を傾げた彼は、どうして私が此処に居るかを問うているようで…

「凛之助先輩に会いたくて来ちゃいました…けど…来なきゃ良かったです」
「?」
「だって先輩…クマさん見て嬉しそうな顔してたし、正直そんな凛之助先輩を見たくなかったです」

背の高い凛之助先輩…水戸部 凛之助先輩を上目遣いで睨む。
すると急にオロオロし始める凛之助先輩。
大きな体を左右に動かし挙動不審な先輩は、見ていて面白い。

「なんて…嘘ですよ。少し意地悪しちゃいました、許して下さいね。凛之助先輩」

私のその一言でホット胸をなで下ろす凛之助先輩。

「でも…また同じようなことがあったら…私も同じことしますからね」

小悪魔的発言をすればカクンカクンと何度も頷く先輩。

首がもげそうですよ。と冷静に思える私ってどうなんだろう。

でも凛之助先輩のそんな態度を見ていると『愛されているな〜』って思えるから結構好きだったりするのは、ここだけの話。
さっきまでの不機嫌?不安な気持ちを払拭した私は、体育館の中へと足を踏み入れる。
そんな私の後を追うように先輩が付いてきたのは当然ですよね。


だって私達、お付き合いしているんですから。

−END−




おまけ
◆日向と小金井の会話

「なあ、あいつらって…」
「ああ?水戸部とみょうじちゃん?」
「ああ、あいつらの態度おかしくないか?特に水戸部がオロオロしているように見えるが…」
「あれ?日向知らなかったのか?」
「何をだ、小金井」
「あの二人、付き合ってるんだぜ。もう3カ月位経つんじゃないかな〜?」
「はぁ?そんな話、俺は聞いて無いぞ!そういう話は、教えろよ、だアホ」
「水戸部、みょうじちゃんにゾッコンだから気を付けてな。冗談でもみょうじちゃんのことを下の名前で呼んだら…」
「呼んだら…」
「水戸部がキレる」
「あの温厚な水戸部が…」
「そうあの水戸部が…」
「チッ、爆発しろ。リア充の水戸部と黒子!!!」

◆火神とみょうじの会話&水戸部の行動


「あれ、みょうじの着ている上のシャツって…黒子のじゃねぇか?」
「ああ、うんそうだよ。此処に来る途中に急に雨が降って来ちゃって着ていた服が濡れちゃったから黒子君が貸してくれたの」
「だよな、さっきまで黒子が着てたから気になってたんだ」
「流石、火神君だね。相棒のこと良く見てる」
「そんなことねぇーよ。…って水戸部先輩血相変えてどこに行ったんだ?走っていったぞ」
「ん?私も良く分からないな…」

ダダダと大きな音を立てて走って帰って来た凛之助先輩の手には、彼のジャージ(上着)とTシャツが。そしてそれを私に差し出すと更衣室を指差した。

「これに着替えてくるんですか?」

ウンウンと首を縦に振る凛之助先輩。

「…分かりました。着替えてきます」

――それから数分後。

「凛之助先輩…私には、大きすぎませんか?この服…」

満面の笑みを浮かべる凛之助先輩に対して火神君は、顔を真っ赤にさせてうろたえている。

「みょうじ!!そ、それ…それって、彼シャツならぬ彼ジャージじゃねぇーか。エロいぞお前、その格好」

火神君がそう叫ぶと他の部員も私を凝視する。
え、なに?エロいって、なに?それに皆の視線が痛い、痛いんですけど…
そんな私を守るように凛之助先輩は、私を抱きしめると皆を一睨みする。
私が脱いだ黒子君のシャツは、ちゃっかり桃井さんが着ていて嬉しそうに黒子君とお話をしていた。
その二つのカップルを見て他の部員は、思った。

爆発しろ!!!と。

おまけ・END

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