- ナノ -

 あれは、ヤマトの家に遊びに行った帰りだった。

俺とアグモン、なまえと、彼女のパートナーデジモンであるロップモンの二人と二匹で夕暮れの道を歩いてた。
ひょんな事からヤマトの初恋相手の話になり、俺がヤツを弄り倒した後だったせいか、ロップモンが「なまえの初恋は誰?」と無邪気に聞いた。俺の心拍数が上がったけど、彼女はごく当たり前のように「太一だよ」と答えた。
俺がつい顔を緩ませたのも束の間、ロップモンが今度は「太一の初恋も、なまえなの?」なんて、真っ直ぐな瞳で聞いてくるじゃないか。

瞬間、言葉に詰まってしまった。

大事なのは今なんだから、嘘でも「そうだよ」と言えば良かったのに。バカな俺の歯切れ悪い返事を聞いて、アグモンが「なんだ、太一は違うんだね」なんて言うじゃないか。俺も俺だが、アグモンも大概正直すぎる。(っていうかアイツ、多分初恋を食べ物か何かと勘違いしてるんじゃないのか?)

ヤバい。なまえの事、傷つけたか。
慌てて隣を見るも、しかし彼女は意外にもけろりとしている。ただのんびりと、春の夕風に髪を泳がせているだけだった。
それどころか、デジモン達が「ボクの初恋はいつだろうー」「初恋の話をしてたら、お腹空いちゃったな」だなんて呑気に話すのを聞いて、楽しそうに笑っている。

俺は、胸の奥から不安の雲が湧き上がっていった。
だってこんなの、普通は女の子だったらショックな事なんじゃないのか?
キスの時の拒絶といい、なまえはもしかして…?

思えば、好きだと言ってくれたのは、告白の時が最初で最後だった。あれからは一度も言われていない。
付き合ってみたら、俺は理想の彼氏じゃなかったんだろうか。何か幻滅させるような事、しちゃったんだろうか?




「…なんつーか、難しいのな。ただアイツのこと、好きなだけなのに」
ひとりごとのようにまた、そう溢した俺に、光子郎はいつの間にかカラになったペットボトルを机に置きながら言った。

「似たような事言うんですね、お二人は」


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