- ナノ -
 
 スマートフォンのロック画面の通知欄を見て小さく息を吐くと、パートナーデジモンのロップモンが「どうしたの?」と私の背中によじ登った。

「ううん、何でもないよ」

肩にちょこんと顔を乗せた頭をやんわりと撫でると、気持ちよさそうに目を瞑った。

「なまえ、この頃お仕事がぎゅうぎゅうすぎない?疲れているんじゃない?」
「んー」

心配性なロップモンのいつものお小言を聞き流しながら、スマホのロックを解除し、トークアプリを立ち上げる。ロック画面に通知が無いのだから当然、トークの一覧にも”彼“からの新着メッセージは無い。わかっているのに、もう毎回のクセみたいなもので、あまつさえ個別のトークルームまで開く。最後にやりとりをしてからもう、1か月近くになる。わかっているのに。

「太一?」

スマホを覗き込んだロップモンに言い当てられ、僅かに肩を揺らす。長い付き合いだ、私がもう何も言わなくてもだいたいの事がわかるのだろう。「最近、やりとりしていないね」と不安そうに声を揺らした。

「……太一、いそがしいんだよ。大学4年生だし、卒論とか、就活とか…」
「それにしても、もうずいぶん会っていないじゃない」

……そう、なのだ。
最後に会ったのはもう、3か月以上前だ。
同じ東京で暮らしているのに。付き合っているのに。…はず、なのに。

「けんかしたの?」

ロップモンの質問に、ふるふると頭を横に振り否定する。

「大丈夫だから」
「知ってる!女の子が『大丈夫』っていうときは、大丈夫じゃないときなんだよ」
「…どこできいたの、それ」
「うーん?どこだったかな。とにかく、なまえをこんなにしょんぼりさせて、いくら太一でもゆるさないよ」
「そんなんじゃないよ」



みょうじさん、スタンバイお願いします。
楽屋の扉が開いて、テレビ局のスタッフさんが顔を覗かせた。はい、と返事をして立ち上がり、ロップモンを抱えて部屋を後にする。
スマホをカバンに戻す前にもう一度だけ見たけど、やっぱり太一からの連絡は無い。…わかっているのに、いつまで繰り返すんだろう。
 だけど、ロップモンのおかげでふさいだ気分がすこしほぐれた。ありがとう、って気持ちを込めて、胸に抱いているロップモンをやさしく撫でる。



 子どもの頃からの夢が叶ってアイドルとしてデビューしたのは、高校1年生の時だった。
小学生の頃は親の期待に応える事ばかりに囚われて勉強漬けだったけれど、デジタルワールドで旅をして…仲間と、太一と出会って。リアルワールドへ戻ってからすぐ、アイドルになりたい子達の通うダンススクールへ通った。
目指しているだけで幸せなのだから、夢というものはすごい。
そしてそこから先は本当に運が良くて、スクールへ定期的に来る芸能事務所の人に拾ってもらい、ガールズグループの一員としてデビューさせてもらえた。
メンバー達の実力が高くて、曲にも恵まれて、グループの名前はすこしずつ広まっていった。
高校はなんとか通いながら活動を続けたけど、正直単位はギリギリ。
 今は時折こうして、個人でのお仕事もいただけるようになった。
ロップモンにとって無理のない範囲で、今日のように一緒に番組に出る事もある。パートナーデジモンのいる芸能人というのはまだ珍しい。どちらかというと私の方がバーターである。



 ーーー太一との連絡が減ってしまったのは、いつからだろう。
レッスンに夢中になった中学の頃も、デビューした高校の頃も、いそがしくてもメールや電話はしていたし。それに、月に一度以上は会っていた。
いつから。どうして。こうなってしまったんだろう。

もしかしたらもう、終わりなのかもしれない。
覚悟はできてた。正直、告白したあの日から。
太一はみんなのヒーローだ。私がどんなに手を伸ばしたって届かない、ずうっと遠いところで輝く、太陽みたいな存在だ。
付き合えているだなんて、毎日毎日が夢みたいだった。それは、何年経ったって変わらない。
……だから、太一が『会おう』と言ってくれなくなっても、私からは切り出せなかった。
昔みたいにーーー今日うちで試験勉強する?なんて気軽に言えたあの頃みたいに、誘えれば良いのに。


魔法はとけて、夢の時間が終わるのだ。


どんな事にも終わりはある。
芸能活動も年内で終えるつもりだ。
それは太一の事とは関係無く、20歳になったらアイドルをやめると漠然と思ってた。色んなアイドルがいて良い。でも、私の中ではそうなのだ。
 結局色々な事があって『20歳になったら』ではなく『21歳までに』と変わりそうだけれど。
 事務所や家族には話したのに、まだ、太一には言えていない。…それどころか、会えてすらいなかったからだ。


切り替えなきゃ。今日はこれから、生放送なんだから。…”ファン第一号“が、もう、観てくれていなくても。

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