- ナノ -

 紙袋から現れたのは、両手に収まるくらいのサイズのお花のアレンジメントだった。グリーンとブルーの爽やかな色味で纏められている。

「わあ…すごく綺麗だ!なまえちゃんが作ったの?」
「うん。これ、プリザーブドフラワーっていうのよ」
聞けば、生花や葉を特殊液の中に沈めて、水分を抜いた素材で作られた物で、半永久的に美しい状態のまま飾っておけるらしい。
「最近は生花だけじゃなくて、こういうのも勉強してるんだぁ。ホラ、アキラくんのプロ試験のお祝いの時にブーケも渡させてもらったけど、生花だと枯れてしまうでしょう。でもこれなら、しばらく置いておけるし」
「なまえちゃん …ありがとう!この大きさなら、どのテーブルにも飾れそうだよ」
「そうでしょう?目が疲れた時に良いかなってグリーン系にしたの。囲碁ってなんだか目が疲れそうだし…たぶんだけど」

丁寧なのだか適当なのだか分からない物言いに、思わず吹き出してしまう。
 嬉しいな。なまえちゃんがボクの為に作ってくれただなんて。

「なまえちゃんだって 忙しいのに…どうもありがとう」
「どういたしまして。あのね、私、アキラくんの事応援してるからね。その年でプロなんて…大変な事もあると思うけど、私はこれからもずっと味方だからね」
「…ありがとう。心強いよ、本当に。ーーーそうだ、お礼をさせてよ」
「そんな、いいよ。お祝いなんだから」
「いいんだ、だってこんなに嬉しいのだから」
「えー…あ、じゃあ、今度私に指導碁打ってよ」
「碁?それでいいの。そんなの、ボクだって嬉しいのだけど」
「良いに決まってるじゃない。本当なら、プロに打ってもらうのってお金がかかるんでしょう?だから充分すぎるくらいだよ」

 なまえちゃんが笑った。ボクも笑う。心の中に温かい気持ちが広がっていく。
 彼女がちょっとお手洗いを借りるね、と席を立ったタイミングで丁度、母さんがお茶を持って来た。なまえちゃんの作ったお花を見て、感嘆の声をあげてる。
 彼女を待ちながらボクはひとり、にこにことお茶を飲んで、ーーーそして、気付いた。何をしてるんだ。彼女と距離を置くんじゃなかったのか?この気持ちには蓋をするんじゃなかったのか。

・・・指導碁は、断らせてもらおう。自分から言っておいて何だけど、お礼はなにか別の形で・・・そうだ、彼女の好きな猫のキャラクターの物にしよう。今度の出張で限定の物を探して来よう。それなら、手渡しだけですぐ済むだろう。母づてに渡すのを頼んでも良い。

 くしゃり、前髪を掻く。芦原さんと並んだなまえちゃんを思い出す。ボクも早く大人になりたい。隣に並んで恥ずかしくない男になりたい。
視界の端に、彼女のくれたプリザーブドフラワーが映った。枯れない花。大丈夫さ、ボク達の関係も変わらない。“その日”が来るまで、きっと彼女は幼馴染として待っていてくれる。


…なまえちゃん、遅いな。迷っている?いや、そんなはずは無い。この家に初めて来た人ならばよくありえる事だけど、なまえちゃんは子どもの頃から何度もここへ来ている。ーーーまさか、その辺で芦原さんにでも捕まっているんじゃないだろうな。
そう思ったら、どうしてなのか、居ても立っても居られなくて、部屋を飛び出す。廊下を進んで、角をいくつか曲がる。するとお手洗いに近い廊下の角で話し声がした。片方はなまえちゃんのものだった。もう一人は誰?ボクは思わず立ち止まる。

「…キミだって、その気が無いわけじゃないんだろう?」

この声はーーー緒方さんだ。でも、どうしてなまえちゃんと話しているの?何の話をしているんだろう?


「でも、私なんかで良いんでしょうか…」
「悪い条件じゃないと思うが」
「はい…ただ、私、未成年ですし…中学生なので」
「は・・・中学生?」

「ーーーお、緒方さんっ!」



プリザーブドフラワー 3
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