- ナノ -

白い山

<真波山岳 / 長編>
-------------------



「真波くん、これ・・・チョコレートなの。今日、バレンタインだから。えっと、もらってくれる?」


学食でお昼ご飯を食べ終えた私は、友人たちと四人で一緒におしゃべりをしながら校内を歩いていた。今日はバレンタインで、尽八さんや隼人さんたち自転車部のメンバーへチョコレートを渡すファンの人だかりが食堂周辺にできていた為、私たちはひとけの無い廊下を選んで教室へ戻ろうとしたのが・・・アダになってしまった。


(うわ、ファンからチョコもらってるよ。さすが真波くん)
(なんかわかるなぁ。真波くんにはさー、チョコあげたくなるよねぇ。王子様だもんねぇ。)
(いいねー、青春だね〜)


通りかかった廊下の片隅でそれを目撃してしまい、友人らに引きずられて私も一緒になって物陰に重なり合うようにし隠れて、コソコソと盗み見する形になる。
・・・山岳がモテるのは、知ってたけど。でも、できれば目撃したくは無かったなぁ。
ましてや覗き見だなんて...けど今さら、出て行くわけにもいかないし。
っていうかこの人たち呑気にコメンテーターしてるけど、あそこでチョコ貰ってるのは一応、私の彼氏なんですけど...?!


(大丈夫だって、名前。いくら真波くんが天然でも、さすがに彼女いるんだからバレンタインチョコは受け取らないでしょ。)

一応私に気を遣ったのか、友人のひとりがヒソヒソとそう言う。・・・ど、どうだかなぁ。



「へぇ、チョコレートですか。わー、ありがとうございまーす」



(う、受け取ったよ真波くん?!)
(しかも、あんな爽やかな笑顔で・・・)
友人等は私にかける言葉も無いといった様子で凍り付いている。
チョコを渡した女の子は嬉しそうに跳ね上がっていて、女子っぽくて可愛いリアクションだなぁ。・・・なんて人ごとのように眺めてる私なんかより、山岳もああいう子の方が可愛いなって思うんだろうか。



「そ、それでね真波くん。私っ・・・真波くんのこと、ずっと好きだったの・・・!」



(・・・げ、まじか。あの子、告ったよ?!)
(名前が彼女なのを知らない・・・ワケは、無いか。・・・どーする?こうなってくると、盗み見してんの悪いよね。まさか告白までするとは思わなかったし)




「あー・・・そうなんだ」


そうしている間に、物陰の向こう側では山岳が話を始めている。
たった今告白を受けた男子高校生とは思えない程、その表情はいつも通りにあっけらかんとしていて。...女子からの告白なんて、きっと初めてでは無いのだろう。



「・・・キミ、誰?オレたち初めて話すよね?」
「えっ・・・う、うん。でも、私は真波くんの事、ずっと前から好きだったの。練習とかも、よく応援に行ってて」
「あ、そうなんだー。それは、ありがとうございます。・・・えーっと、それで?」
「それでって・・・だから、その。・・・もし良かったら私と、付き合ってください!」
「あぁ、そういう事かぁ。・・・ごめんね。オレ、好きな人いるから」




そう言うと、山岳は「チョコ、ありがとー」と言って、その場から飄々と立ち去って行った。



(・・・なんか真波くん、断り慣れてる感がすごいんだけど・・・)
(真波くんて、ふわふわしてて可愛いイメージあったけど・・・超バッサリだったね。)

そうですとも。可愛いのは見た目だけだからね、アイツ。

相手の女の子も帰って行ったのを見計らって私達は立ち上がり、ようやく自分たちの教室へ向かって歩き出す。
友人達は、あそこまでハッキリ断ってくれたらカノジョとしては安心だね、だの、でもカノジョ持ちに告るあの子もどうかしてるだの、相変わらず好き勝手に話して盛り上がってる。まったくもう。


「でもさー、名前もうかうかしてらんないねー!さっきの子も相当可愛かったし。真波くんて、かなりモテるんでしょ?」

歩きながら、一人の友人がそう言った。

「いやいや、名前達なら大丈夫でしょ、ラブラブだもん。」
「あー、確かにねぇ。名前と真波くんは、かた〜い絆で結ばれてるもんねー?」
「な、なによ・・・みんなして、ニヤニヤして。」
「お二人さん、もう結構進んでるんでしょ?真波くん、意外と手ぇ早そうだし。」
「は?すすんでる・・・って、何のこと?」
「とぼけてんじゃないわよ。エッチとか、もうとっくにしてるんでしょ?」


−−−予想もしてなかったワードが飛び出したものだから、私は「エェッ?!」と悲鳴に近い声を挙げてしまった。
な、なんだなんだ、この話の展開は・・・?!


「隠したって分かるんだからね!真波くんって最近よくウチの教室来るけど、明らかに距離縮まってるじゃん。名前のコト呼び捨てにしてるし」
「は、はぁ?!だからって・・・そ、そんなわけ無いでしょ?!・・・きっ、キスするのだって・・・どきどきして、やっとなのに・・・」


私の発言に、友人らの目が点になる。


「・・・ま、マジか。まだだったか・・・うちらのヨミ、外れてた?」
「あー・・・名前って、変なトコ頭堅いもんね。」
「そ、そういう問題じゃないでしょ!・・・だって私たち、まだ高校生だし」
「いや、"もう"高校生だし・・・彼氏の方がしたがるんじゃないの、普通。」

−−−ふ、普通!?
なんだか急に、友人たちが遠い存在に感じる・・・いや、それが女子高生のフツウなの?

「そ、そ、そんな・・・?!だって、その・・・妊娠とかしたら、どーすんのよ・・・」
「・・・こりゃー真波くん、オアズケくらってるってわけかー。かわいそー・・・名前のこと、あんなに好きそうなのに〜」


山岳の部屋に時々遊びに行っても、抱きしめてくれたり、キスしてくれる事はあったけど、その先に進む事は無かった。
でもそう言われて考えると、超快楽主義で本能のままに生きてるアイツが・・・?と思えば、確かに違和感があるといえるかもしれない。
前に私が言った「キスより先はもう少し待ってほしい」という言葉を守ってくれてるんだろうな、くらいにしか思ってなかったけど・・・あのせいでもしかして、山岳に我慢をさせてしまってたのかな。



・・・ほんとは私だって、"その先"を考えてないわけじゃない。

正直付き合いはじめの頃それは、不安や恐怖感の方が大きかった。
山岳にとってのこの高校三年間は、アスリートとしてとても大切な時期だ。大事な身体に、いっときの欲求で部活に支障を出すわけにはいかないし。...それに、私自身も怖かった。
大切な人と大切な時にする事だと思ってるし、命を紡ぐ可能性だってある行為だし。

・・・って、こんなふうに考えるのはやっぱり頭が堅いのかなぁ。
けれど私にとっては、好奇心や、興味だけで開けられる扉では無かった。
・・・でも、今はすこし違う。

今なら・・・山岳となら、すすんでみてもいい、って思ってたりする。
単なる欲求とか、行為を軽んじるようになったとか、もちろんそんなのじゃなくて。
全てを預けてみてもいい、って彼になら思える。

もっと私の気持ちを伝えたいって思う。
彼の気持ちも、感じたいって思う。
・・・大人がきいたら、そんなのは背伸びだって言うだろうか。それとも、そんなに大げさに悩む事じゃないって笑うだろうか。


・・・とはいえ、そんな事はなんとなーく考えてるだけで・・・実際、手を繋がれただけで舞い上がってる現状を思うと、"その先"はまだまだ遠い気もする。
考えただけで恥ずかしくて死にそうなのに・・・こんな私がいつか、この先に進む事なんてできるんだろうか・・・?!




「と、まぁ色んな意見があるけどさ。真波くんとよく話し合いなよ、大事なコトだと思うし、焦ってするような事じゃないんだから。かく言うウチらもまだだし・・・って、おーい。名前?・・・こりゃー、聞いてないな」

「とにかくさ、今日はバレンタインなんだから。あんたもファンの子に負けないように頑張んなよー!もちろん、チョコの用意はあるんでしょ?」



−−−はっ。
そうだ、バレンタイン!!

そうそう、今年は作ったのよ!生まれて初めて!

水族館に連れて行ってもらったりとか、この頃は彼にしてもらってばかりだった。・・・でも、私だって山岳に喜んでほしいもの。

・・・そうだよね、こんなのひとりで考えてたって仕方ない。今度もし、山岳が身体を求めてくるような事があれば・・・あ、あれば!その時また、考えれば良いよね。


・・・ふっふっふ、見てなさいよ山岳。
とびっきりのを作ったんだから。・・・びっくりするかな。喜んで、くれるといいなぁ。








もくじへ