- ナノ -

白と保健室

<真波山岳/ 読み切り>
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「薬も飲んだし、すこし横になっていれば良くなるはずよ。身体冷やすと良くないから、お腹にカイロも貼っておこうか」

保健室の先生のやさしい声に、心なしかお腹の痛みもすこしだけ和らいだ気がした。
ベッドに入ったとき丁度、三限目の開始を告げるチャイムが響いた。


元気が取り柄な私にとって体調不良なんて滅多に無いのだけど、今日は朝からなんとなくお腹の調子が悪かった。
理由は、すべての女子に月に一度訪れるアレが原因なんだけど・・・こんなふうに痛むだなんて、私にとっては珍しい事だった。
痛みは徐々に増し、二限の終わり頃にはもう座ってるだけでもツライ程で。心配する友人達の勧めで保健室のお世話になる事にしたのだった。

今頃クラスの皆は、授業中だっていうのに・・・私ひとりここで寝るというのはなんだか罪悪感だ。...それと、正直ちょっぴり贅沢な気分。


保健室来たのなんて、いつぶりだろう?
すこし寝てれば、次の授業からは出られるかなぁ。
制服で寝るの、なんか変な感じだな・・・セーラー服のリボンだけでも、外した方が楽だろうか。
ベッドの周りをぐるりと囲んだ真っ白なカーテンを見上げながら、ぽつりぽつりとそんな事を考えてた。



その時、保健室の電話が鳴って・・・先生がなにか応対するのが聞こえた。すぐに行きます、とどこか緊張感ある声色で言った直後、苗字さん、とカーテン越しに呼ばれた。

「三年生のクラスでちょっと揉め事があったみたいでね。私、行かなきゃいけないの。ホントは駄目なんだけど・・・苗字さんココに残して行っても良い?すぐ戻るけど一応、保健室の鍵は外側から閉めて行くから」
「あ・・・はい、大丈夫です。寝てるだけなので」
「ごめんね。鍵は内側からも開けられるから、お手洗いとか行くときは出て良いから。苗字さんを追い返すのも気が引けるし・・・それに貴女しっかりしてるから任せられるわ」

もし誰か来ても、開けなくて良いからね。そう言いながら先生はいそいそと保健室を後にした。

保健室の先生も大変なんだな・・・
静かで真っ白なこの部屋にいると、外の世界とまるで切り離されたみたいだった。同じ建物のどこかで揉め事が起きていたり、友人達が真剣に授業を受けてるのなんて、まるで現実味がない。

・・・早く治して、私も教室に戻らなくちゃ。
先生がお腹のあたりに貼ってくれたカイロが、少しずつ温かみを帯びてきて・・・私はゆっくりと、眠りにおちていった。









コンコンコン、と何かを叩き続けるような音が響いて目が覚めた。
視界に飛び込んだ見慣れない天井に一瞬、ここはどこだろうと思ったけど・・・そうだった、私は保健室で休んでいたのだった。

音の正体は、誰かがドアをノックしているようで、いつまで待っても止む気配が無かった。
・・・どうやら先生は、まだ戻って来て無いみたい。

私はベッドから起き上がり、音のするドアへと向かう。
先生には、誰か来ても開けなくて良いと言われてる。だけどこれだけしぶとく扉を叩き続けてるって事は、ドアの向こうにいる人は相当具合が悪くて保健室に来たかもしれない。先生が不在である事を、早めに伝えてあげた方が良い気がするのだ。


「・・・あの、いま保健室の先生は・・・・・って、え?・・・なんでアンタがここに、」


扉の向こうにいたのはなんと、真波山岳・・・−−−そう、ひとつ年下の、私の彼氏であった。



心配そうな表情で立ちすくんでいた彼は、私がすこしだけ開けた扉からするりと保健室の中へ入った。

「名前さんの教室行ったら、保健室行ったってクラスの人に聞いて・・・。大丈夫ですか」


具合わるい?熱とかある?と言って自分の手のひらを私の額に当てる。まさか山岳が来るなんて思ってもみなくて、しかもその綺麗な指先で唐突におでこに触られて、完全に不意を突かれた寝起きの私はしばらくは「あ、」だの「えっと」だのくらいしか言葉が出て来なかった。


「・・・だ、大丈夫。ちょっとお腹が痛かっただけ。寝てたらだいぶ楽になったし」
「そっか・・・。オレ、びっくりした。だって、名前さんって元気だけが取り柄なのに、保健室だなんてさぁ。・・・もうすこし、休んだ方が良いよね。ホラ、回れ右っ!」

なんか今、結構失礼な事言われた気がするんですけど...と思いつつ山岳に急き立てられるように背中を押され、再びベッドの方へ戻る。
私が布団の中に入ると、山岳は満足げにうなづいた。

「うんうん。・・・もーちょっと、寝てなよ。オレ、先生戻って来るまでここに居てあげるから」

山岳はベッドに腰掛けて、愛しそうに目を細めながら私の頭をよしよしと撫でた。
身体が弱ってるせいか、好きな人に優しくされるのは嬉しくて、つい甘えたくなってしまう。
・・・ふふ。年下のくせして。いつもは弟みたいなのに、時々まるでお兄ちゃんみたいになるんだから・・・ホント、ずるいよなぁって思う。


「気持ちは嬉しいけど・・・でも、もう三限目始まってるでしょ?山岳、はやく教室に戻らないと、」
「あー・・・それなら、大丈夫です。戻るっていうか、どーせ今学校に来たんで。」
「は、はぁ?!・・・もうっ、大遅刻じゃん?!」
「えー?あはは。昨日の部活、平坦のコースだったからさー。登り足りなくて、朝から山行ってたんですよ。すげー楽しくてさー、そしたらなんか名前さんに会いたくなっちゃって。それで、キミの教室に行ったんだよね」

・・・ホント、呆れるぐらい本能の赴くままだな、このヒト・・・。こんな重症で、社会に出てやっていけるのか。
まぁ、「会いたくなっちゃって」なんて言われてドキドキして嬉しくなってる私も、山岳の事言えないくらい重症だけどさ。

「あはは。会えたの嬉しくて、ついしゃべっちゃうや。名前さん、そろそろ寝なきゃね。・・・お腹痛いのって、何でだろうね?また、拾い食いでもしたの?」
「また、って何よっ。そんなのした事無いっての!・・・お腹痛いのは・・・うーん、食べ過ぎとかかな?あはは。でも、少し寝たら治ったみたい。もう大丈夫だよ」

女の子の日が原因だなんて、なんだか恥ずかしくて彼には言えなかった。
私が笑ってみせると、山岳はすこし安心したように小さく息を吐いた。

「そっか、なら良かった。・・・なんかさ、授業のある時間に、キミとこうして話してるのって変なカンジ」
「あぁ・・・そうだね。山岳はともかく、私は普段サボりなんてしないしね。・・・他の皆は、授業受けてるのに・・・なんか今、いけない事してる気分」
「・・・ね、名前さん。じゃあさ・・・もっとイケナイ事、しましょっか?」


−−−そう言うと山岳が、私の枕元に手を着いた。
澄み渡る青空みたいな爽やかな瞳が、きらりと強く光ったかと思った瞬間・・・彼の履いていた上靴が、床にずり落ちる音がして。
あろう事かこの男は、私の寝てるベッドに入り込んで来たのだった!







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