major
- ナノ -


  花束


昨日とよく似た秋晴れだった。
紅葉した木々は美しい街によく似合う。この街の好きな所のひとつだった。店前の街路樹から降った落ち葉を箒で集め、ちりとりに収まった色彩豊かなそれにひとり満足する。


「なまえさん、おはようございます!ええっ、外掃きなんてやってるんですか。アルバイトにやらせたら良いじゃないですか」

お昼からのオープンに向け出勤して来た彼は、昨日寿くんが店に来た際に私を呼んだウェイターであった。

「おはよう。いいの、やらせて。わたし昨日、途中で上がらせてもらったから」
「昨日のイケメン、もしかしてなまえさんの昔の恋人ですか?あのまま二人で、閉店後も戻って来なかったし」
「えっと.....。彼は昔からの....、ともだち」

知り合い、と言おうか迷って、友だちという言葉を選んだ。口にした時、胸がぎゅっと詰まった。
全てが、夢のようだった。寿くんが会いに来てくれた事。そして、友だちでいようと許してくれた事。
ウェイターの彼は意味深な笑みを浮かべながら店内へと入っていった。私は、もう一度箒で落ち葉を撫で付ける。


―――寿くんはもう、この国を出た頃かしら。
また、会いに来てくれると言ってくれた。連絡してくれると言ってくれた。
本当かな?
....たのしみだな。


過去はもう変えられないけれど、未来は変えられる。たしかにそうよね、寿くん。
人生は、この先もまだまだ長いのだから。
私が変わっていけたなら、過ちさえも意味を持つ日が来るのかな。
寿くんが許してくれるのなら、私はこれから友人の一人として役に立っていきたい。
あなたの全てになれなくていいから。幸せの一欠片にでも、なれたら、いいな。

だけどそう願う心のどこかで、もう二度と会えなくてもいい、とも私は思っていた。異なる二つの感情なのに、それらは私の胸の中でぶつかり合う事なく穏やかに共存し合っていた。
会えた事、話せた事、それだけで胸がいっぱいだった。何に感謝したら良いのか分からないが、ありがとうと心から感ぜずにはいられない。この上なにかを望むのは、あまりに贅沢な気がしていた。


柿色、こがね色、栗色―――とりどりの落ち葉が広がる視界に、思いがけず誰かの靴が飛び込んできた。男性物であろう大きな革靴。思い耽りながら夢中で落ち葉をかき集めてたものだから、道行く人の邪魔になっていたのだと気付いた私は、慌てて顔を上げる。
ごめんなさい、と言いかけて、息を飲んだ。




「・・・・寿くん?」




そこにいたのは、皺ひとつないスーツに身を包んだ寿くんだった。え。何で、どうして。朝にはもうこの国を出たはずじゃないの。なんでそんな格好で?昨日は私服だったのに。大きな花束まで持って?―――私は軽くパニック状態で、手に持っていた箒を手放してしまう。箒はちりとりの上に落ち、鮮やかな葉が私達の足元を舞い踊った。




「君が好きだ」




真っ直ぐに私を見つめて、寿くんは言った。


「....昨日会うまでは正直、思い出を美化してた所もあったと思う。でも君と会えて、今のなまえちゃんをもう一度、好きになった。優しい所も、強い所も....不器用な所も、すこし頑固な所も。過去も、今も、君の全てが好きだ。これからも変わらない。この先の未来で、ずっと....一番、近くに居たい。それがどんな形でもいいなんて昨日までは思っていたけど、それは嘘だ。いろんな問題はあるけど、この気持ちを伝えずに帰ったら後悔すると思った」


私はなにも言えなかった。
言葉の代わりに、瞳からは涙が溢れた。はじめてしてもらったプロポーズの時も、こんなふうに泣いてしまった。あの時は、応える事ができなかった。




「君と生きていきたい。僕と、結婚してください」




ありがとう、とか、私も愛してる、とか言えたら良かったのに。
大人のくせに私はただ、頷く事しかできなかった。
花束をかかえたまま、寿くんが私を抱きしめた。寿くんも同じように泣いている。抱きしめ返した背中が、震えていたから、分かってしまった。



prev / next