影山 飛雄
- ナノ -


俺と彼女が過ごす理由 2






「わっかとっしくん。あれれ、昼飯持ってドコ行くのさ〜?」


苗字と昼休みを過ごすようになり、一週間とすこしが過ぎた。初日は苗字の教室だったが翌日からはどうしてだか場所を変えてくれと懇願された。白鳥沢学園の敷地は広く、彼女の望むひと気のない場所を探すのはそう難しくは無かった。
その場所へ今日も向かおうと一人で校舎を歩いていると、廊下ですれ違った天童に声をかけられた。待ち合わせをしているんだ、と答えると天童は眉をしかめてからハッとしたように手を叩いた。

「えっ、もしかしてあの噂ってマジだったの。俺、デマかと思って相手にしてなかったのに」
「何だ、噂とは」

もしかしたら、もうあの場所で苗字が待っているのでは・・・と気になりながらも、俺は足を止めて天童の話を耳を傾けた。数分話すくらいなら、問題無いだろうか。
天童は、ちらと俺の左手に抱えられている購買のパンを見ながら言った。

「・・・若利くんが、生徒会長とお昼ご飯食べてるってウワサ」
「ああ、そうだが」

その通りだったのでそう答えると、天童は身体全体を揺らして大げさとも思えるリアクションをした。

「えっ・・・マ、マジィ?!」
「何だ、そんなにおかしな事なのか?」
「イヤ・・・っていうか生徒会長でしょー、あの。なになに、もしかして付き合ってる?」
「そういうわけでは無いが・・・」

どこまで話して良いものか、と俺は迷ってそこで言葉を止めた。苗字が男性恐怖症である事、そしてその克服に協力している事。天童は信頼のおける男で大切なチームメイトだが、彼女にとってあまり人に知られたく無い事かもしれない。

「・・・彼女に、協力している事があってな」

かといって嘘をつくのも得意ではなく、そんな風にしか答えられなかった俺に、天童は「ふーん」と意味深な笑みを浮かべた。


「にしても、すごいねぇ若利くんは。あの、男嫌いで有名な"名前サマ"とランチだなんて」
「・・・なんだ、知っていたのか」
「男嫌いの事?だって、超〜有名だもん。お嬢様中学から来た、美人で勉強もできて完璧な生徒会長サマ。けど、めちゃくちゃ性格悪いんでしょ?女子とは普通にしゃべるみたいだけど。ま〜、確かに雰囲気あって近寄りがたいよね」
「性格が悪い?苗字が、か?」


若利くん、大丈夫?いじめられてない?と何処か楽しそうに聞いてくる天童の話を聞きながら、俺は苗字の事を頭に思い浮かべてみる。
確かに苗字は・・・不器用というか、俺が言うのも何だがあまり愛想が良いタイプでは無いとは思う。しかし性格は決して悪くは無い。というかむしろ、知れば知るほど感心するような事ばかりだ。

「あいつは確かに意地っ張りだし、誤解されやすいが、悪気は無いはずだ。話している内に分かった事だが、努力家で、それに芯のある女だ。確かに他の女子と雰囲気は違うが、意外に話やすいし、一緒にいて飽きない。案外よく笑う。・・・笑った顔が特に、」

そこまで言いかけて、はた、と気がつく。俺はどうしてこんなに、必死になって苗字の擁護をしているんだろうか。
けれど友人に苗字の事を悪く思われるのは、何だか居心地が良くなかった。それに彼女の良いと思う所を挙げ始めると、想像以上に次から次へと浮かんだ。
しかし・・・笑った顔が特に、・・・−−−可愛い、だなんて。
馬鹿みたいなうわ言を口にしようとした自分が自分で信じられなかった。




「ふぅーーーん。・・・若利くんにも春が来たかぁ〜」


おしあわせに、と言って天童は、俺の肩をポンと叩いてその場を後にした。
先ほどから苗字を心に浮かべる度に引き起こる感情の震えの正体は、春というこの季節の所為なのだろうか?

−−−しかし天童の背中にその答えは無く、仕方なく俺も歩き始める。いや、身体はどうしてだか勝手に走り始めていた。
天童と話をしていたのは、時間にするとほんの数分にすぎなかったのかもしれない。けれど苗字が待っているかと思うと、胸の深い所にある塊が疼いて、居ても立っても居られなかった。










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