影山 飛雄
- ナノ -


ウシワカ様と生徒会長

<牛島若利 / 連載>
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「あ、窓の外見て。男子バレー部よ」
「本当だぁっ、カッコイイ」

窓を開けると、白鳥沢学園の生徒会室に雨上がりの春風がふわりと舞い込んだ。
去年までいた男子役員は一斉に卒業し、今年度は偶然にも完全なる乙女の園となってしまった生徒会室。彼女たちの視線の先は、男子バレー部が放課後のロードワークから帰って来た所だった。
一瞬、霧吹きのように軽やかに降り注いだ雨がすっかり通り抜け、虹が見える、とはしゃいで窓を開けた所だったのだ。

「はぁ、カッコイイなぁ〜男バレ。ウチみたいな進学校にいて、しかも全国大会常連の強豪校だなんて。・・・ホラホラ、名前生徒会長も見てみてください。ウシワカ様なんて特に・・・相変わらず素敵ですよ」
「馬鹿な事言っていないで、さっさとこれを片付けてしまいましょう」

生徒会長、と呼ばれた女生徒は窓へは一瞥もくれず、山のように積まれた書類から目を離さなかった。そして丁寧に一枚ずつ、美しい指先で触れ目を通していく。

「やれやれ、こちらも相変わらずかぁ。"名前生徒会長様の男嫌い"」


後輩役員達があきれ顔で、しかし思慕を込めた瞳で見つめる先には、生徒会長の席に腰を据える苗字名前の姿があった。
彼女が極度の男嫌いである事は、学園内での常識と言っても良い位に有名になっていた。
そんな名前にとって、乙女の園である生徒会室は居心地良く、気のおける仲間達との放課後のひと時は心休まる時間だった。
しかし、今日はそうもいかない。名前は時計をちらと見ては、はぁ、と深いため息をついた。この後待ち受けるイベントがあまりに憂鬱で、ただでさえ虫の居所が悪いのに・・・加えて後輩が口にしたその名が、今一番聞きたくない名前のようだった。

「今日はもう少ししたら、私は席を離れるのだからアナタたちも作業を進めて頂戴。来月には生徒総会もあるのよ、いつまで窓の外なんか見てるのよ」
「でも会長、今ちょうどここから男バレがよく見えるんですよ。ウチの男バレって言ったら、学園のアイドルじゃないですか」
「・・・興味無いから」
「名前会長ったら、男子の事は目の敵にするんだから・・・。会長、おモテになるのに。そんなんじゃ、片想いしてる男子達があまりに不憫ですよ。もう少し愛想よくしたらどうです?・・・あ、男子に興味が無いのでしたら、虹はどうです?窓の外、すごく綺麗ですよ」
「・・・くだらない。どちらも」

そう言うと名前は不機嫌な様子で荷物をまとめ、席を立った。後輩の中のひとりが、両サイドに纏められたお下げ髪をぴょこんとさせながら、会長は今日どちらへ行かれるんですか、と何も知らず聞いてしまったが為に彼女は名前に睨まれ縮み上がってしまうのだった。
名前が生徒会室を出た後、彼女はようやく声を発する事ができた。

「・・・わ、私なにか悪い事を言いましたかね・・・?」
「馬鹿ね、会長の地雷を踏んだのよ。・・・はぁ、私達からしたら羨ましい限りなんだけど・・・。ウシワカ様との、ツーショットだなんて」











先生から事前に、集合場所は校門前との指定があった。
生徒会長としての仕事は、ささやかな雑用から白鳥沢の顔となって人前に出るようなものまで様々な事がある。
そして今日は来年度の新入生勧誘の為の、学校紹介パンフレットの撮影。どうやら校舎を背景にしての撮影らしい。つい先日に入学式があったばかりなのに、もう来年の準備とは流石私立高校の運営陣である。

気が重い。酷く気が重かった。
私一人でやるのならば、何も問題は無かった。しかしパンフレットの表紙モデルとして命名されたのは、三年生の男女一人ずつ。そう、私はこれから男と並んで写真を撮らなければならない。



「・・・お前も、パンフレットの撮影か」

校門前で一人待っていると、よく通る声が低く響いた。ちら、と横目で見るとそこには、もう一人のモデルであるウシワカ様こと牛島若利が立っていた。
そして彼の後ろに、さきほど後輩達が話題にしていた大きな虹がちらりと見えた。けれど私は、そのどちらにも興味が無くすぐに顔を背けた。

「・・・ええ」

顔も見ずに返事をする。生徒会の後輩達がさきほど、バレー部がロードワークをしていると言ったはずだったが牛島はもう着替えたのか、白と深い紫を基調とした我が校の制服を身を包んでいた。

「・・・確か・・・生徒会長、だったか。お前は」

そう声をかけてくる牛島の言葉に、私は先ほどと同じように顔を見ず「ええ」とだけ答える。・・・どうして私に話しかける事ができるのだろう。私の男嫌いは学園中が知っている物と思っていた。だからこの頃はもう、話しかけてくる男子などいなかったというのに。

ほどなくして、先生やカメラマンが来て撮影が始まった。私にとっては、とにかく苦痛で仕方のない時間だった。
幼稚園から中学まで女子校だった私にとって、同世代の男というのは未知の生き物で。牛島に罪が無いのは承知なのだが、男そのものが生理的に無理な男性恐怖症なのだ。
誰にでも、苦手な物というのはある事と思う。歯医者が苦手な人は、あの機械音をイメージするだけで口内がズキズキするだろう。虫が苦手な人は、益虫であっても同じ空間に居るだけで身の毛がよだつだろう。つまり私にとって、男がそうなのだ。


「男の子、もう少し女の子の方に寄れる?」
「はい」

校舎を背にして二人並び、何枚か写真を撮る中でカメラマンの指示があり、牛島が私に一歩近づく。少しだけ肩が触れ、それだけで私は視界がくらくらした。

「うーん、女の子の方・・・もう少し自然な笑顔をつくれないかな?」
「・・・は、はい」

−−−無理を言わないで頂戴、立って居るだけでやっとだというのに。
そもそも、よりによってどうして牛島なのだ。
いや、彼が選ばれた理由は明白である。全国大会常連バレー部の主将で、エース。しかも世界ユースに東北から唯一選ばれた選手。いくら私とて、それくらいは知っている。白鳥沢の代表として選ばれて当然の、十分すぎる肩書きである。
それに加えてイケメンで、誠実かつ高貴な雰囲気は進学校である白鳥沢のパンフレットにピッタリ・・・と言っていたのは、生徒会の後輩だったか。
どうして彼なのか、と言っているのはそういう事ではない。せめてもうすこし華奢であったり、中性的な男ならまだ我慢はできたかもしれない。何故牛島のような体格の、男らしさの塊のような人が私の相手役に選ばれてしまったのか・・・。
・・・しかしこれも、生徒会長としての仕事だ。そう、彼が選ばれた理由があるように、私にもある。生徒会長だから、と学園の代表で選ばれたのだ。
私は脂汗を浮かべながら、早く終わりますようにと心の中でお祈りをし、必死に口角を上げた。




そして、悪夢のようなパンフレット撮影はようやく終了した。私は酷く具合が悪くいそいそと荷物をまとめた。先生が、インタビューに使うアンケートを明日にでも書いてほしいと言っているのも右から左だった。

「・・・オイ」

先生の話しも終わり、やっと帰れると束の間安心した私の背中に声を掛けたのは牛島だった。私は当然振り返らず、声だけで返事をする。

「な、なにかしら」
「大丈夫か」
「・・・だから、何の事・・・」
「お前、さっきからずっと顔色が悪いが・・・具合が優れないのか?」
「・・・気のせいよ。女性の顔色を指摘をするだなんて、失礼な人」

男なんかに弱みを見せてたまるものか。牛島に言われた事は図星だったけど、私は相当に強がってそう言い、その場を後にした。

そしてやっと一人になった私は、額に滲む嫌な汗をハンカチで拭った。男子と会話をしたのだなんていつぶりだろうか。
ともあれ、これでやっと憂鬱なイベントから解放されたのだ。明日からはまた、クラスの気の合う女子と話し、放課後は生徒会室で気心知れた面々とだけ会話をする。そう、こんなのは今日でおしまいなんだから。

そういえば・・・と思い見上げた空には、虹はもうどこにも見えなくなっていた。











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