影山 飛雄
- ナノ -


voyage 2

 影山くんの顔はまだ赤みが差したままだった。だけどその表情は、怒っているような、悲しんでいるような、あるいはそれら全てを自分でも手に負えないでいるように、きつく眉を寄せている。


「……嘘、って…」
私とて鈍い方だけど、コートを一歩出た影山くん程じゃない気がする。だからきっと、見抜けないと思ってる。


「−−−名前さん、嘘ついてますよね?」
しかし、影山くんは確信めいてそう言った。


「何かはワカんねぇけど…俺に嘘、ついてる」
「わかんないって、そんな…。私、嘘なんてついてない。影山くんのこと、本当にただ可愛い後輩って思って……」
「誤魔化すなよ!」

大きな声に、思わずビクリと肩を揺らしてしまう。


「わかります。ずっと好きだったから。他の事はワカんねぇけど、名前さんのことなら」

そして、真っ直ぐに私を見つめて、そう続けた。

「…ホントの事、言ってくれ。フラれるんだとしても、アンタの本当の言葉じゃなきゃ納得できない」


影山くんは、私から目を離さない。
自分がすごく卑怯な人間に思える。
それに…こんなのって、影山くんに失礼だ。これほど言ってくれているのに、嘘をついて逃げるのは。

そうだ。私はもっともらしい言い訳を並べて、逃げていただけなんだ。
私は影山くんとは違う。自分に自信なんか無い。もし付き合えたとして、その先で失望されるのが怖かった。


……ああ、そうか。

だって、私は……




「−−−小さな巨人に憧れてた。もしかしたら、初恋だったのかもしれない」

私の突然の切り出しに、影山くんはすこし目を見開いた。

「それなのに、私…気付いたらあなたの事ばかり、見てる。いつからか影山くんが、私のヒーローになった」

ヒーロー…と、彼は小さく繰り返した。

「もしも影山くんとお付き合いができたら、夢みたいだけど…影山くんのバレーの邪魔になるんじゃないかとか、他の部員の迷惑になるんじゃないかとかって、考えてたの。でもたぶん、それだけじゃなくて、一番は…あなたの隣にいる自信が無かった。影山くんは私の、ヒーローだから」

「……オウサマ、以外の名前で呼ばれたの、初めてです」

ぽつり、小さく影山くんがそう溢した。



影山くんの存在が、私の日々を照らす。私も一緒に夢を見る。恋と憧れは似てる。あなたがいるから、もっと強くなりたくなる。






「つまり、アンタも俺の事を好き、って事で…いいのか」

私の話を聞き終えた影山くんが、真剣な顔でそう言った。
あまりのダイジェストぶりに拍子抜けしながら、私はびっくりして思わず、素直に頷いてしまう。
 すると影山くんが、ほっとしたように眉を下げた。まじか、と呟いた後「じゃあ、付き合ってください」と前のめりに言う。


「えっ。ちょっ…話きいてた!?だからね、付き合ったら、影山くんの思っているような私じゃないかもしれないよ。影山くんがすごすぎるから…私、自信無いよ」
「大丈夫です」
「大丈夫って…」
「自信なら、俺の自信をやる」

真っ直ぐに見つめられる。逃げられない、と直感的に思う。



「…いいか!名前さんはなぁ!」

おおきな声で叫んだ割に、一度きゅっと唇を結ぶ。そして、ぽつりぽつりと、ものすごく恥ずかしそうに言葉を続けた。

「名前さん、カワイイです。きっ、綺麗だし…。それに、優しいし。頭もいいし…あと、なんつーか、でっかいです、気持ちが。ってか釣り合って無いのなら、俺の方です。名前さんはめちゃすごくて…けど、だから一緒にいられるように牛乳も飲んだわけで」


…牛乳?

これは、自信を持たせてくれているのかな…。

お世辞言えるタイプじゃないから、本心を勇気出して言ってくれているのだと思うと。シリアスな話をしていたというのに、すこしだけ心がほぐれる。
だけど、それだけに不安も大きい。
影山くん、私の事を過大評価してるんじゃ無いのかな。


「付き合ったら、そうじゃなくなるかも…それで私のせいでもしバレーに支障出たりとか、あとは影山くんの思っているような彼女にはなれないかも……」
「だーーーーーっ、もう!ゴチャゴチャうるせえ!わっかんねぇだろンな事は、やってみねぇと!」



ぐっ、と私の肩を掴んで。
そして大きな両手でぎゅうっと抱きしめられる。
ぼすっ、と、地面に私のスクールバッグが落ちた音が、人ごとみたいに遠く聞こえる。



「……好きです」



やっと言えた、と、影山くんは熱を帯びた甘い声で言った。
さらさらの髪が私の頬をかすめて、やさしい香りが秋の風に揺れる。

「名前さんの事 …ずっと、好きでした。名前さんも俺の事好きだなんて …信じらんねぇ。夢みてぇだ…」
「うん…ありがとう。…ごめんなさい」
「好きだけじゃ、ダメですか」
「…影山くん」
「自信なんか、無くて良い。そんなん俺が、いくらでもくれてやる。ってか、揺らぐワケねぇだろ、俺のバレーも、烏野のチームワークも。…あんたの言ってる事はどれも、まだ起きてもいねェ心配事のモーソーだろうが。全部、”逆”もあるだろ」

逆って?
そう聞き返すと、影山くんは抱きしめていた腕を解き、私に真っ直ぐ向き合う。

「邪魔になるだとか、他のヤツの迷惑になるだとか…あとは、えっと…ああ、そうだ。俺がアンタを嫌になるだとか!−−−いっしょにいたら、もっと…なんつーか、良くなるっていうか、強くなれるかもしれねぇだろ!」




−−−それは、私の頭には全く無い思考で。ハッと息を呑む。




「名前さんみたく周りの事気にしたり...そーゆーの、俺に足りねぇと思うし。補い合えて、伸ばし合えたら...無敵なんじゃねーのかな」
なんつーか…と影山くんは、想いをまっすぐ伝えるべく言葉を探しているのか、「日向に出会って」と突然、切り出した。
日向くん?どうして急に…?


「アイツはまだ、ひとりじゃ勝てねぇ。俺のトスが無けりゃ...でもそれは、俺もなんだ。認めたくねぇけど、アイツがいると俺はもっともっと上の世界が見えるんだ。烏野に入って…チームの皆と色んな事試して、やってみるまで、知らなかった」




−−−影山くんは、本当に変わった。

全部一人でやれればいい、なんて言っていた彼は、もうどこにもいない。
眩しくて思わず、目を細める。

小さく、息をつく。




「…私は今のままだと、あなたからもらってばかりになる気がする」

足を引っ張らない補償は無い。
でも、逃げたくない。自分の気持ちにも。それから、影山くんにも。憧れているだけじゃなくて、隣に並んで支えられるような人になりたい。


「あげられるようになるまで。時間、かかると思う。それでも、いいの?」

「−−え……?」


私もようやく、まっすぐに、彼と向き合う。






「私も、影山くんが、好きです。彼女にしてくれますか?」





胸がいっぱいになる。
好きだと言う瞬間、緊張で声が震えた。
だけど、嘘をついたり、逃げ道を探していた時よりずっと、心がすっきりしている。空にかかった雲が、サァっと風で飛ばされたみたいに。

影山くんが好きだ。
自分で思っていたより、ずっと。




大好きの気持ちをいっぱいに込めて、彼をぎゅうっと抱きしめる。大きな背中がピクリと揺れた。一拍間を空け、彼も同じように抱きしめてくれた。まるで宝物にでも触れるかのように、そっと優しく。

彼の顔を覗き込む。深い色の瞳が、暮れかけた陽のきらめきに反射する。
…顔が、真っ赤だ。でもきっと、私はもっとだ。



彼の顔が近づいて、ちゅ・・・と、唇が重なる。

そのキスは、長かった片想いの終わり。

そして、これから始まる、新しい私たちのはじまり。






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