影山 飛雄
- ナノ -


ひどいよ 3




合宿初日の夜が、もうすぐ終わろうとしていた。
部員たちは夕食も終え、各々に過ごしているようだった。

私たちマネージャーも、洗濯や片付けなどの作業が終わり、そろそろ部屋に戻ろうかというところだった。
マネージャーの為に用意してもらった部屋は、空き教室に布団を敷いたスペースだ。潔子さんや仁花ちゃんと一緒に眠るのなんて、初めてだなぁ。

時間を確認しようと、ポケットに入っているケータイを開くとそこには、今日一日慌ただしくて返信できていないメールが何通かあった。
ひとつ、着信の履歴もある。


「えっ、ハジメちゃんから…?」


珍しいな、ハジメちゃんから電話なんて。
トオルちゃんからならしょっちゅうだけど。(でも、まだあの時の事がモヤモヤしてて、しばらく話していないけど)

だけど、ハジメちゃんから電話だなんて、もしかして急用かもしれないな。
部屋に戻ろうと思っていた所を引き返して一人、電話しても邪魔にならない場所を探す。 どんな話かわからないけど、マネージャーの部屋で掛けるのも気が引ける。


中庭のような所に出られそうな小玄関を見つける。少しくらいなら、ここから出て話しても大丈夫そう。
そこには中庭へ繋がる階段がわずかにあり、私は段差に腰をおろして発信のボタンを押す。

今日は少し気温が低いみたい。上がTシャツ一枚では少し肌寒いかな。昼間の熱気を思うと、今は気持ち良いくらいだけど。

電話はすぐに繋り、
"及川が、名前と連絡がとれなくてピーピー言ってっから、たまに声でも聞かせてやってくれ。"
…という旨をハジメちゃんが溜息まじりに言った。

なにかと思ったら…。
でも電話をして来るくらいだから、ハジメちゃんもよっぽど困ってるのかしら。


青城との練習試合の事…許せないっていうか、いじわるにしたって度を越してるってやっぱり思う。

でも、もしかしたらトオルちゃんも何か、思うところがあっての事だったのかなとは、気になっていた。
話してみなきゃ、わからないよね。

遠征が終わったら連絡してみるねと伝えると、ハジメちゃんは『ああ、頼む』と言った。その声には安堵と、どこか疲労も入り混じっている。


『てか名前、いま遠征中だったんだ?悪いな、そんな時に掛けて。どこ行ってんの』
「東京だよ」
『フーン。どこと試合してんの?』
「うーん、えっと、ナイショ」

携帯の向こうから、ハジメちゃんの開けっ放しの笑い声が響いた。

『すっかりマネージャーらしくなったじゃん』
「そ、そうかな?でも、マネージャーとして頑張りたいし…だから、トオルちゃんのした事、嫌だったの。けど意地になってて、私も良くないよね」
『や、あれはアイツが悪いから。俺からもあの後…あー、まぁもういいやアイツの事は。それより、名前。初合宿だろ。大丈夫かよ?』
「えっ?ぜ、ぜんぜん大丈夫、影山くんも元気だよ」

練習は順調だけど、私自身は全然大丈夫じゃなさそうで。咄嗟に思わず、彼の名前を口にしてしまう。
案の定ハジメちゃんは、「はぁ?影山ぁ?」と訝しげに反応した。

「え、えっと、だって影山くんはハジメちゃんの後輩でもあるし、気にしてるかなって」
「別に気にしてねぇよ。あいつはバレーやってりゃ元気に決まってんだろ」
「そ、そうだよね」

…妙な沈黙に、気温は下がっているのに辺な汗が流れる。良かった、これが電話で…面と向かってだったら、勘の良いハジメちゃんに何か気付かれちゃってたかも。

「……オマエ、影山と何かあったのかよ」

ーーーギクリ。電話だというのに、肩が揺れる。
なにも無いよ、全然大丈夫。言葉を重ねる度に綻びが出て、鈍臭い自分が嫌になる。
電話の向こうのハジメちゃんが、小さく溜息をついたのが分かった。

『それ、部活外での影山とのハナシ?』

そう聞かれれば、ウンと素直に返事をしてしまう。これはもう、完全に認めてしまっている。

『…ったく…何があったかは知らねーけど、オイ!名前っ!オマエは何の為に烏野のマネージャーになったんだよ』
「小さな巨人に憧れて、烏野でマネージャーをするのが夢だったから、です。それで今は、チームの役に立ちたいって思ってる、です」
ハジメちゃんの圧に負けて、つい敬語になる。
『だとしたら、部活と関係ない所で面倒な事してんの、やめた方が良いんじゃねーの。影山の足引っ張るような事するなよ』


−−−ギュ、と胸が詰まる。
・・・確かに、そうだ。
私、自分にしか目が向いてなかったかもしれない。影山くんと気まずくなるのは、彼の為にもチームの為にもならない。


『…ったく。そういう事があるから、女子マネージャー禁止のガッコーが多いんだっての。…ま、俺は烏野の事なんてどうだって良いけどよ。でも、幼馴染として言っとく。半端な気持ちでやるなよ、部活』



ハジメちゃんは、やさしい。
彼の厳しさは、優しさだから。
ありがとう、とお礼を伝えて通話を終えると、辺りには再びシンとした静けさが戻って来た。
ここに座ったときには中庭を照らしていた照明もいつのまにか消えていて、目の前には闇のような暗闇が広がってるばかりだった。


私にとって影山くんは、特別に可愛い後輩だった。
だから時々一緒に帰ったり、テストを前に悩んでると知って勉強会をしようなんて提案もした。
影山くんのこと、好きだった。選手として。
だからこそ、全ては応援したくてやってた…。

本当に、そうだろうか。それだけだったのだろうか。

始めはそうだったと思う。
だけど勉強会しようって言ったのは、それだけじゃないじゃないか。
仁花ちゃんの存在に焦って、提案した事じゃないか。

だからなのかな。
もっと影山くんに近づきたい、なんて欲が出たばかりに、こんな事になってしまったんだろうか。


さっき水飲み場で会ったときだって、そうだ。

なんであんな事、言っちゃったんだろう。








「ーーーどーしたんスか、こんな所にひとりで。」


背後から、低い声が響く。振り返ると、ジャージ姿のシルエットが、校内から漏れた灯りに照らされている。








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