こんな近くに 3
「ただいまあ」
おかえり、ごはんは?というお母さんの言葉を背中で聞いて、「うーん、あとで食べるかも」と曖昧に答える。
今日は、お母さんにどんな顔して会えば良いかわからない。
リビングに寄らず真っ直ぐ自分の部屋へ行き扉を閉めると、途端に色々な事に現実味が帯びてきて心臓がバクバクと高鳴る。
な、な、なんだったのあれは・・・・・・!?
必死に記憶を手繰り寄せる。
私は影山くんのお部屋で、勉強会をしていて。
そうだ、仁花ちゃんの話になって・・・。
勉強会は日向くんと三人でやっているのだと知って、なぜだかずいぶん安心したっけ。
それから・・・影山くんが私のこと、特別だって言ってくれて。
影山くんの片手が、私の頬に触れて。
彼の顔がゆっくり近づいてきて・・・。
ま、まさか、っていうかたぶん・・・私・・・。
影山くんと、キスした・・・。
改めてそう認めてしまうと恥ずかしすぎて、一人きりの部屋で声にならない声をあげる。思わず両手で顔を覆うと、まるでお風呂上がりみたいにあっつい。ああ、影山くんに触れられたときも、こんなに熱かったのならどうしよう。
影山くんの顔が近付いてきたとき、キスなんて初めてだった私は何が起きているのか分からなくて。びっくりして目を丸くしている間にふわりと唇が重なった。影山くんの唇の感触や、私の鼻に触れた彼の鼻先。頬を包む手は大きく、すらりと伸びた彼の指先に耳まで包まれていた感覚が残る。全部がスローモーションみたいに、細かい事ばっかりやたらと覚えてる。
何だか分からない内に触れるだけのそれが終わり、目の前には見たこともないくらい真っ赤な顔をした影山くんがいた。
影山くんは、なぜか苦しそうに眉を寄せて。何か言いかけた瞬間、扉の向こうから声がした。
家族が帰って来たのだった。
とっても動揺していた私は、じゃあ帰ろうかな、勉強もひと段落したしなんて言って、逃げるように部屋を後にした。
玄関でお母さんに会って…ああ、そうだーーーお土産のお菓子、影山くんに預けたままだ。その事を直接言えば良かったのに、軽くパニック状態だった私は、いそいそとお家を後にした。
もう遅いし送っていきますと影山くんが言ってくれたけど、反射的に断って一人で帰って来てしまった。
……間違いない。あれって、キスだよね…。
影山くん、どうして私なんかにキスしたんだろう…。
もしかして、いつもみたいに私をからかって?…でも、冗談でするかなぁ、あんな事。
まさか私の事が好きで…!?
う、うーん…無いよなぁ。嫌われてはいないはずだけど、女子としてはおろか先輩として見てくれてるかも怪しい時がある。
かといって影山くんが、その場のノリとかでキスするような男の子なはずも、絶対に無い。
真面目でまっすぐな、いい子だもん。
じゃあ一体、どうしてあんな事をしたのだろう…。そうして思考はまた振り出しに戻ってしまう。こんな事なら、家までおくってくれるという彼の申し出を断らなければ良かった。そしたら、言いかけていた事を聞けたかもしれないのに…。
気づけばこの前まで仁花ちゃんの事であんなに悩んでいたはずが、もうそれどころでは無くなってしまった。
そっと、指先で自分の唇に触れる。
今でもまだ、影山くんの熱が残っているようだ。わけのわからない事だらけだけど、それは今わかる唯一の現実。
ああ…まいったなぁ。
これじゃあ私、試験勉強どころじゃなさそうだ…。
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