影山 飛雄
- ナノ -


影山くんは甘えたい 2


 授業の合間の休み時間。
影山くんから「補習になった。今日部活遅れます」とメールが届いた。
机の下でこっそり開いたケータイの画面を見て、あちゃー、と苦笑いを浮かべる。
相変わらず絵文字のひとつもない文章だけれど、画面の向こうの彼はがっくりと項垂れている事だろう。


 そんな日に限ってというか、急きょ体育館が設備点検で使えなくなってしまったのは、彼にとっては不幸中の幸いだろうか。
体育館が使えなければ、自主練といってもボールを使うような事はできない。

放課後になり、バレー部全員で集まって一度申し送りをしたが、その後はロードワークなりそれぞれに過ごす事になった。
マネージャー達も備品の整理だけし、早めに帰ることにした。





学校を出て校門に向かって歩いていると、外周をしている面々が見える。目で顔ぶれを追って……、ある事に気付く。
影山くんの姿が、まだ無い。
もしかして、どこかで別のメニューをしているのかな。


「……ねぇ、月島くん?」


私の少し後ろを歩いていた彼を振り返って呼べば、ぎくりと肩を揺らした。既にジャージではなく、私と同じ制服姿だ。

「な、なんですか。外走るばっかが練習じゃないでしょ」
早帰りを咎められると思ったのか、不服そうにヘッドフォンを外しながら言った。
「ううん、そうじゃなくて。影山くん知らない?」
「え?…さぁ…見ていないですけど」
「変だな。もう補習は終わっている時間のはずなのに」
「…補習の、補習とか?」
そう言って、意地悪く微笑んだ。
影山くん、どうしたのかしら。すこし気になった私は、月島くんにお礼を言って手を振り、元来た道を戻る事にした。


「…苗字先輩」


歩き出そうとした時、月島くんに呼び止められ、振り返る。


「……なんでもないです。おつかれさまでした」


すこし悩んだように目線を逸らした。…これは、“なんでもなくなさそう”だ。
今度はもう一度、私が呼び止める。


「…ちゃんと言えていなかったけど。影山くんと、付き合うことにしたの」


そう言うと、月島くんはすこし瞳を見開いた。もしかして、もしかしなくても、彼が話そうとしたのもその事だろうか。


「自慢ですか?」

冗談めいて言った。びっくりした私が首を横に振ると、今度は「皆にそうやって言ってまわってるんですか?」って。
また、首を横に振る。


月島くんには、改めて言いたいと思っていた。付き合う前、放課後に靴箱で言われた事が、なんとなく胸につっかえていたから。
けれどわざわざ呼びつける事でもないし…見計らっている内、彼となかなか二人になる機会などなく、今日まできてしまっていた。



「だけど、部活は部活だから、気にしなくて大丈夫だと思う」

言葉通りの意味だった。
先日、練習後に影山くんが私を呼び捨てるという事件は起きたけど、バレーに対する集中力もストイックさも群を抜いてる影山くんなので、基本的には私さえちゃんとすれば何の心配も無いと思う。

影山くんはバレーの神さまに愛され、そして与えられたもの以上の努力をしてやまない。
そんなの、神さまからしたらきっと可愛くてしょうがないだろう。

強い相手と戦う時ほど、ゾクゾクと楽しそうに集中を高めているのが、コートの外から見ていても伝わる。
そんな瞬間の為に、どんなに辛い練習も、地味な筋トレも吐きそうな程のロードワークも、毎日文句などひとつも言わずにやるのだろう。
彼にはきっと、自分の歩むずっと先の未来が見えている。

バレーボールに真摯に向き合う影山くん。
その世界の中では、私の事なんて眼中にない。
皮肉じゃなくて、これは事実。
それでいいと思ってる。
…それが、いいと思ってる。
そんな影山くんを、好きになったから。




「別に…気にしてないです。っていうか、付き合っているようには見えないし」

悪意か、はたまた素直な感想か。
その通りだし、それで良いはずなのだけど…月島くんらしい物言いに、つい苦笑いをしてしまう。
この前縁下くんにも、「もっと普通にしていいよ、俺ら今さら気にしてないから」なんて、言われたくらいだ。

確かに、そうなのかも。
影山くんはこれからも揺らがないだろうし。それに皆も気にしてないのなら、私の取り越し苦労…?


「それじゃ、僕はこれで…」
月島くんの背中に「がんばってね」と声を掛ける。
「…早帰りする奴に言う事じゃないですよ」
「月島くんの事だからこの後もロードワークとかするのかなと思って。それか試合の映像見て研究とか」


私の言葉、聞こえているはずだけど。
月島くんは、知らんぷりしてヘッドフォンで耳を塞ぎ、歩き出す。「気をつけてね」と言うと、振り返らずに片手を挙げて応えた。
ほら、やっぱり聞こえているんじゃない。






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