影山 飛雄
- ナノ -


修学旅行


日向。帰りに肉まん食って帰ろうよ。

放課後の練習が終わって、部室で着替えていたおれたち。ティーシャツからスポッと頭を抜くと、山口は今の腹具合から言って最高としか言いようのない誘いをくれた。
二つ返事で承諾し、隣にいる影山に声をかける。


「なぁ影山も行くだろ」


同じく二つ返事で返ってくると思いきや、まさかの沈黙。
おかしいなと思って見れば、携帯電話の画面をコエー顔で睨みつけてて、おれの声が届いている気配すら無い。

へんなの。オマエ、付き合い悪ぃけど食い物の事なら別じゃんか。
へんなコトはもうひとつ。いつもはケータイなんて、全然見ないタイプなのに。

 首を捻っていると、後ろにいた月島が「肉まんねぇ」とため息まじりに呟いた。
 え、ツッキーは肉まん嫌だった?という山口に、呆れたように月島が言う。


「…なんだかなと思っただけ。先輩達は今頃、関西でご馳走食べてるっていうのに」


ああ。たしかに!
いいよなー、修学旅行。

 1学年上の先輩達が修学旅行へ行って、今日は2日目だ。いつも楽しい先輩達がいないと、部室がなんだか寂しく見える。


「……うお、来たッ」


関西つったらたこ焼きとかお好み焼きとか食べてんのかなぁ。山口とそんな風に話しながら、自分の制服のシャツボタンに手をかけた時。先程からそこにいる置き物のように動かなかった影山が、突然、声をあげた。
振り向くと、両手でしっかりとケータイを握りしめて画面を見つめている。さらに大変めずらしく、表情筋も弛みぎみだ。ほほう、こんな影山クンは、非常にレアだ。


「なになに、メール?誰から?」


後ろからぴょんと飛びはねて覗き込むと、影山は異様なまでに動揺して、慌てて落としたケータイが床の上を滑る。
部室の床は畳で、ケータイが壊れる事は無かったが、ものすごい剣幕で影山に掴みかかられているおれの身体の方は壊れてしまいそうだ。


「日向、ボゲェ!勝手に見んじゃねえ!」
「はぁ!?なら、コッソリ読めっての!あんな嬉しそうに声に出してたら、気になるじゃんかー!」
「声なんか出してねぇ!」
「めちゃくちゃ出てました!っていうか、どうせオカーサンからの晩めしのメニューとかだろ」
「ちげぇ!アホ日向!」


「……『部活が終わった頃かな、おつかれさま』…なにこれ。まさか、こんな他愛のないメールで浮かれてるの」


掴み合うおれたちを他所に、床に落ちたケータイをいつの間にかひょいと拾い上げて、月島が言った。
え、誰からのメール?
俺がぱちぱちと瞬きをしている内に、影山がこんどは月島に詰め寄り、ケータイを奪って「名前さんからのメール勝手に読んでんじゃねぇ!」って、キレてる。そっか、苗字先輩からからぁ。先輩も今、修学旅行中だもんな。


「こっちにケータイが滑ってきたから、拾ってあげただけ。べつに読みたくて読んだワケじゃないし」

っていうか、コレって隠すようなメール?と、月島にバカにしたように見下ろされた影山は、今にも手が出そうな程おっかない顔で凄んでいる。



「けどさー、旅先からメールくれるなんて、苗字先輩優しいね」

一触即発な二人の光景など、もう日常化している山口が、淡々と言った。

「……オウ」

苗字先輩が褒められて嬉しいのか、影山は先程までの剣幕はどこへやら、ちょっと嬉しそうに頬を掻いて呟く。

対苗字先輩だと、影山は忠犬ぽくなる。
そう話してたのは、菅原さんだったかな。
思い出しておれは、タシカニと頷く。


「学年違うと、カノジョと一緒に行けないのさみしくない?」
「……いい。俺は、待ってる」



忠犬トビ公…。

おれが呟くと、月島がブフっと吹き出して笑った。




着替え終わったおれたちは、すっかり腹ペコで、肉まん!肉まん!と声をあげながら部室を出る。はやく有り付きたいのに、影山の歩みがやけに遅くて。振り返ると、一生懸命にケータイをぽちぽちしている。さっきの返信でも打ってんのかな。
アイツ、おれへのメールはいつも秒で返すくせに(つまりだいたい5文字以内。おう、とか、行かない、とか)苗字先輩には、あんなんになっちゃうのか。


「いつまで苗字センパイにメールしてんだよー!」


でっかい声でそう言うと、ウルセェ!って、もっとでっかい声が返ってきた。
苗字先輩、はやく帰ってきてあげてください。駅の前で、影山が石像になる前に!






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