幼い頃から、彼の涙を見たことがない。
物心ついたときには、一緒にいることが当たり前だった幼なじみ。
普段は蜻蛉や双熾とともにからかってくるくせに、自分が落ち込んでいるときにはただ黙ってそばにいてくれる。
そんな彼が、渡狸はきらいではなかった。
そして最近、ふと気づいたことがある。
自分は彼の涙を見たことがない、ということだ。
それこそ自分が泣いていたところは何度も見られてしまっている。
もちろん、風邪を引いて瞳が潤んでいるとか、そういうのは例外だ。
それを抜きにしても、本当に1度も彼が涙を流しているところを見た記憶はない。
もしかしたら、誰も見たことはないのかもしれない。
だとしたら彼は――
「…ぬき、渡狸ってば!」
聞き慣れた声が自分の名を呼ぶのに、はっと我に帰る。
慌てて顔をあげると、銀色の瞳と視線が合った。
「どうしたのさ、ぼーっとして」
不思議そうに夏目が問いかけてくる。
相変わらず何を考えているのかよく分からない目。
問いかけには答えず、その目をじっと見つめる。
「なあ残夏……年下に弱みを見せるのはいやか?」
投げかけた問いに、一瞬だけその瞳が揺れる。
「…さあ?でも渡狸には絶対見せたくないかな〜」
彼はすぐにいつもの笑顔を見せ、そう答える。
そしてひらひらと後ろ手を振りながら、部屋を出ていった。
また、はぐらかされた。
無力感と悔しさが襲ってくる。
彼にだって感情がある。
泣いたことがないなんて、あるはずがない。
だとしたら、きっと1人で泣いているのだろう。
そんなに自分は頼りないのだろうか。
渡狸は、ぎゅっと掌を握り締めた。
年下の葛藤
(独りで泣いてほしくないのに)
(頼ってほしいのに)
(伝わらない)