「…あ、水入っちゃった」
ふと聞こえてきたのは、パシャリという水音と、クラスメイトであり幼なじみでもある友人の声。
明らかに楽しんでいるようなその声音に、斎藤一はため息をついた。
「…総司。ちゃんとやる気があるのか」
諌められた相手―沖田総司は、チョコレートの入ったボウルを回していた手を止めて目を瞬かせた。
そして視線を斎藤の手元に移す。
そこにあるものが自分と対して変わらないことを認めると、沖田は薄く笑みを浮かべた。
「一君だって、人のこと言えないじゃない」
「…………」
放たれた一言に斎藤は閉口する。
やる気があるかないかは別として、彼のやっていることもまた沖田と変わらないことを自覚したからだった。
2月13日。
世の中の大抵の人間にとって、その翌日はいろいろな意味で特別な意味を持つ。
バレンタインデー。
本来ならばチョコレートを受け取る立場である彼らは、今年はそれぞれの大切な人に気持ちを伝えるため、慣れないお菓子作りに挑戦していたのだった。
「…それにしても、思ったより難しいよね」
黙ってしまった斎藤のことは気にせずに、沖田は言葉を続ける。
千鶴ちゃんに助けてもらえばよかったかな、呟かれた言葉に斎藤は同意を示す。
「…電話してみようか」
言うが早いか沖田は携帯電話を取り出し、彼らの後輩である雪村千鶴に電話をかけはじめた。
幸い彼女は予定が空いていたらしく、手助けに来てもらえることになった。
雪村が来てからの作業も、順調というわけにはいかなかった。
というのも、料理の経験など皆無に等しい彼らにとって台所は未知の世界だったからだ。
「沖田さん、それはお砂糖じゃなくてお塩です!」
「斎藤さん、そんなに思い切りかきまぜたら…」
台所には雪村の悲鳴混じりの声が響く。
それでも彼らが失敗しないように気を配っていた彼女の努力のおかげで、チョコレートは何とか形あるものに出来上がった。
「…新八さん、喜んでくれるといいね」
出来上がったものを見つめていた沖田が斎藤に笑いかける。
「……土方先生も喜んでくださるといいな」
斎藤も淡く笑みを浮かべそれに答えた。
彼ら3人努力のあとが見える台所。
そこには、お互いを応援しあう彼らと、そんな彼らを見つめて微笑みを浮かべる雪村の姿があった。
とある少女の努力
-HAPPY HAPPY VALENTINE'S DAY-
(土方さん、喜んでくれるかな)
(新八は食べてくれるだろうか)
(お二人の役に立てて良かったです)