傘を、忘れた。
「……忘れた」
誰にともなく呟いたその言葉は、決して強くはない雨の音にかき消された。
あつい雲に覆われた空が、何とも憎らしい。
「あっれー?ドタチン、傘忘れたのー?」
後ろから聞こえてきた声に振り向けば、そこには臨也が立っていた。
短い学ランは相変わらずで、いつもの狡猾そうな笑みを浮かべている。
そして手には、傘を持っていた。
「…ああ」
おまえは持ってきたんだな、と返事を返せば、彼はいつもの笑顔で入っていかないかと誘ってくる。
「………」
沈黙で返事を返すと、臨也は更に笑みを深めてこう言った。
「どうせ俺が何か見返りを求めるんじゃないかとか思ってるんでしょ」
「……いや」
実際、それも少しはあったのだが。
男子高校生が相合傘をしている図を想像してみて、なんとも言えない奇妙さに閉口していたのだった。
「たまにはいいじゃない、濡れて帰るよりはマシでしょ?」
臨也が更に言葉を続ける。
言われてみれば、確かにその通りだった。
たまにはいいか、と頷く。
それを見て臨也は笑う。
「じゃあ、行こうか」
そして彼は傘を開いた。
雨のなかあるいた道は
(雨のなかふたりで歩いた道は)
(いつもとは違って見えた)