3z銀妙 | ナノ

チョークをもつ骨ばった手だとか、今まで意識してなかった広い背中だとか、それら全てが欲しくなった。

「お前さ、あいつのこと好きだろ?」
昼下がりだというのにいつものように騒がしい3Zの教室の中、あまりにも突飛な質問は真っ直ぐに私の鼓膜に届いた。
「…え?」
「ホラ、あいつだよ。」
そういって顎で彼の人を示すその人は、小学校からの同級生、土方十四郎だった。
顎で差されたその先には、珍しく授業開始前に教卓の前に立っている(正しくはうつ伏せになって寝ているであるが)我がクラスの担任に向けられていた。
どくりと心臓が波打つ。
「…なんでそう思うの?」
「なんでって、見たらわかる。最近あいつの授業のときに限ってボーっとしてるし、あいつと話すとき少し声が高くなってるし、あと視線とか。…まあそんなとこだ。」
いじわるそうに口の端を歪めて、目を細める彼に何故だか否定する言葉が見つからなかった。
逆に諦めにも似た感情。
ああ、やっぱり鋭いなと素直に思ってしまう。
「土方君に嘘はつけないわね。隠してたつもりだったのに。」
そう、あの日から急に意識し始めた。
気がつくといつでもどこでもその姿、声を追っている。
「まあ、普通の奴じゃわからないだろうけどな。俺の洞察力はごまかせねぇよ」
何もかも見透かしたようなその表情は小学生の頃と何も変わってはいなかった。
昔からよく勘の働く男だった。
彼は、勘じゃねえ洞察力だ、とくだらないこだわりを持つが。
小学生の頃、私には好きな人がいて、けれどともだちもその人が好きで、打明けられなくて、ついには好きじゃないと気持ちを隠し、協力してあげた。
そして、2人の仲を取り持った。
それは苦い初恋。
ばれないように笑って過ごした苦しい日々。
家で1人で泣き、学校で無理して笑う毎日。
彼が声をかけてきたのはそんな時だった。
「笑いたくもねぇのに無理して笑うんじゃねぇよ」
そして、私は初めて人前で泣いた。
自分の気持ちをわかってくれる人がいる。
少なくともこの人はわかってくれた。
同じクラスだったけど、それが初めて交わした土方との会話だった。
そして、その日からよく話すようになり今に至る。
だから、ばれてもそんなに驚きはしなかった。
予鈴はとうの昔に鳴り終え、本鈴1分前だというのに教室の騒がしさは収まるどころか悪化していく。
誰も自分たちの会話なんて聞いちゃいないだろうし、むしろ自分たちの声すらも互いに届かないほどであった。
こんな時、このクラスでよかったと思う。
視界の端で会話の当事者である教師を見やると、今まさしく本鈴が鳴っているというのに、動く気配は皆無に等しい。
視線を元に戻すと、ほうらという得意気な彼が待ち構えていたので軽く指をひねる。
「ちなみに、ばらしたらただじゃ置かないわよ。」
と涙目の彼に釘を刺した。

本鈴から十分後。
ついに隣のクラスの教師から苦情が入り、銀八はたたき起こされ、やっと授業が開始された。
あんなに騒々しかったのによく起きなかったなあ、と視線の先に先生を捉えながら思う。
そういえば、彼の前で泣いたあの日から私は土方君のことが好きだった。
先ほどの回想の続きをぼんやりと思い出す。
それでも、中学に入ってクラスが分かれると、会話も減りいつの間にか気持ちは風化してしまった。
(今のこの気持ちもいつかはなくなってしまうのかしら)
妙は目で銀八を追いながらそう思った。


その日の放課後。
掃除も終わり、ゴミ箱を抱えながら収集所へ向かう。
収集所へ向かうには一度生徒玄関から外に出なければいけない。
鋭い日差しが襲い、首筋に汗が一滴流れたのを感じた。
その時、心地よい風が前髪を掠う。
このまま真っ直ぐ進むと収集所であるが、風がそよいでくる方向を見ると、涼しげな緑に囲まれた裏庭が見えた。
誘われるようにそちらへ向かう。
遠回りになるが、直射日光に当たるよりは幾分ましだ。
裏庭には各クラスに与えられた花壇があり、大きな向日葵が天を仰いでいた。
我がクラスの花壇にも立派な向日葵が咲き誇っている。
おそらく世話をしているのは、凶悪な外見とは似つかわしくない優しい心を持っている彼であろう。
そんなことを思うと自然と笑みがこぼれる。
視線を戻す際に、ふと見慣れた銀色が視界をかすめた。
更に奥の生い茂られた木々に囲まれた古いベンチ。
そこに彼は寝そべっていた。
そのまま道なりに進むと決して見つけることは出来ないような死角にそのベンチは佇んでいる。
ふらりとそちらへ近づいてみる。
2年と数ヶ月この学校に通ってきたが、こんな場所があることを今初めて知った。
幾重にも重ねられた青い葉に日光は遮られ、涼しげな風がそよぐこの場所はまるで異世界のようだ。
自分の腕を枕にして穏やかな寝息をたてているその人の顔を覗き込む。
鼓動が少し速まり体に熱を帯びるが、心地よい風がその熱をさらっていく。
愛しい、と思った。
下校のチャイムが鳴り、うーんと小さく唸りながら彼は体を起こす。
逃げようかとも思ったが、別にやましいことは何もしていないので、そのまま見守ることにした。
「……ん?なんでお前ここにいんの?」
ずれた眼鏡をかけ直しながらあくびを一つ。
そしてその虚ろ気な目がこちらに向けられた。
「偶然ここを通ったら先生がいたんです。」
本当は、先に先生を見つけたのだけどそれは秘密だ。
そう、と胸からタバコを取り出し火をつける。
「素敵な場所ですね」
「そうだろ。俺のひみつきち」
緑を仰ぎながら微笑むその姿は、まるで子どもに戻ったようだ。
ぽんぽんとベンチを叩かれ、ああ座れという意味かと悟り腰を下ろす。
涼しげな顔をして見せるが、体の熱はひんやりとした風でも冷やせないほどだった。
鼓動は先ほどの比ではなかった。
その距離わずか5センチ。
左を覗き込むと、枕にしていた右腕がしびれたのか曲げたり伸ばしたりを繰り返している。
そういえば、右利きなのにタバコを持つ手が左手であることに気付き違和感を覚える。
(右側に私がいるから?)
そんな自惚れたことを思ってしまったが、あながち間違いではないだろう。
そんな小さな優しさでさえも、私の胸を熱くするには十分だった。
「でも先生?私にばれてしまったならもう秘密基地とは言えないんじゃないんですか?」
「んー…、大丈夫。」
「大丈夫?」
「だって俺とお前のひみつきちだから」
そうやって少年のように笑うこの男に、私は恋をしてしまったのである。








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