3z銀妙 | ナノ

放課後。もう帰ろうかという時に廊下で呼び止められ、俺は後ろを振り返った。
「おう、土方」
それはいつぞやの同小の奴だった。
「ん、なんだ?」
一応立ち止まったが嫌な予感しかしない。どうせ今日もまた下らないニュースだろうと思った。
「あのさ、こないだの高杉のことなんだけど…」
ほら、やっぱり。もう高校生なんだからいい加減落ち着いたらどうだと言いたい。
「本当に高杉かどうか、確かめに行かねえ?」
奴はがっと俺の肩を組んで、強引に耳元で囁いた。それを聞いて思わずため息がこぼれる。
「わりぃけど興味ねえ。それに俺ァあいつの事嫌いだったからな」
鬱陶しい腕を払い除けてじゃあなと背を向けた。まっすぐに昇降口へ向かう。正直もう高杉関係の話は聞きたくなかった。
「そう言うなって…この学校で同小なの、お前と志村しかいないんだからさ」
「……」
奴の口から出た人物の名前に思わず立ち止まった。まさかという思いが沸々と湧く。
「もしかしてそれ…志村にも言ったのか?」
「ん?高杉の話か?」
急に止まった俺に驚いたのか、奴もびくりと立ち止まった。
「おまっ…言うわけねぇじゃん、考えただけで恐ろしい…」
「ふっ…だよな」
俺はその言葉に吹き出した。同小の同級生、特に男子は皆、学級委員長だった志村が苦手だった。幼い頃に植え付けられた恐怖の記憶は今になっても消えないらしい。
「まあやりたきゃ一人でやれや、俺ァ何があっても知らねぇからな」
「えー怖ぇじゃん!もし高杉がそっち系だったらどうすんだよ」
「知るか」
もうこれ以上関わるのはごめんだ。しつこくまとわりつくそいつを振り切ってさっさと帰ろうと思った時だった。
「高杉くん…?」
後ろからの聞き覚えのある声にどきりとする。
恐る恐る後ろを振り向くと、やはり志村がそこに立っていた。
「二人して何の話をしているの?」
「…志村」
つかつかと近寄ってくる志村を見て冷や汗が滲む思いだった。隣の奴なんかはさっと血の気が引いている。
「別に何でもないですよ」
ははっと渇いた笑いを浮かべながら奴はじりじりと後ずさっていた。
「私の名前も出てたみたいだけど…」
じとりと志村の不審がる視線が送られると、奴は突然叫びだした。
「あっ、俺塾があるんだった!じゃあな土方!さようなら志村さん!」
そう言ってすごいスピードで離れていく背中に呆気にとられた。人を巻き込んでおいてこの有り様。後で覚えてやがれと俺は奴への報復を誓った。けれどその前にやらなければいけないことがある。こんな状況で一人残された俺は、どうやってこの場から逃れるかを必死になって考えた。
「ねぇ土方くん、どういうこと?」
「いや…えっと…」
詰め寄られて言葉が詰まる。
「あいつ、駅前で高杉っぽい奴を見たって言うから一緒に確かめに行こうって、そんだけの話だよ」
「…?本人だって教えてあげればいいじゃない。駅前ならたぶん高杉くんでしょう?」
「……」
ごもっとも。
ただそうなると怪しいバイト先と高杉が完璧に繋がってしまって余計厄介なことになるんだよ、とは言えなかった。
「…何を隠してるの?」
志村がぐいっと一歩近付いた。
真っ直ぐな視線が容赦なくぶつかる。
「高杉くんがそっち系って、何のこと?」
「!!」
そこまで聞いていたのか。ぶわっと汗が吹き出る。これ以上隠しておくのは無理かもしれない。
小学時代の同級生は皆、志村が苦手だ。それはもちろん俺も含めてだ。一度その眼に捕まったら最後、逃れられる気がしない。
「…土方くん」
「………っ」
俺はもう観念するしかなかった。
「高杉のバイト先が…結構危ない所かもしれないって…」
「危ない?」
「警察に目をつけられそうな、そんな事をしてるかもしれないって噂があんだよ…あくまでも噂だからな」
「…………」
志村は黙ってしまった。
ぼうっと呆けたあとうつむいてしまったので顔は見えない。志村が何を考えているのか俺はわからなかった。
沈黙がつらい。
やはり言わなければよかったと後悔した。これからどうすればいいかを考える。
その時、黙っていた志村がぱっと顔を上げた。険しい顔をして教室に戻っていく。
「……?」
どうしたんだろうか。廊下に取り残された俺は傍観しかできなかった。
しばらくして帰り支度を済ませた志村は教室から出てくるなりずんずんと俺の前を通り過ぎた。
何がなんだかわからない。気がつけば志村の腕を掴んでいた。
「おい、どうしたんだお前…」
「…高杉くんに会いに行くわ」
「…はあ?なんでだよ!?」
「だってそんな危ない所にいるだなんて…放っておけないもの」
「なっ…噂だって言っただろ!?」
「だからよ、高杉くんに直接聞くわ」
「…もし本当だったらどうするんだよ」
「辞めるように説得する」
志村の目は本気だった。
「お前っ…!危ないかもしれないだろ」
「それでも、放っておけないじゃない」
きっと勢いよく睨み付けられて俺は動けなくなった。
(なんでお前がそこまでする必要があるんだ…)
志村は俺に掴まれた腕を振りほどいて足早に俺から離れていった。
(あいつが好きだったからか…!)
そう口に出そうになってぐっと堪える。
違う。たぶん志村はそんなこと考えちゃいない。昔からお節介な奴だった。そういう性分なんだ。言葉通り放っておけないだけなんだろう。長い付き合いだからわかっている。
改めて言ってしまった事を後悔した。こんな事になるくらいなら、例え軽蔑されようが、嘘つきと罵られようが、俺は絶対に話すべきではなかった。
「くそっ…!」
急いで志村の後を追う。
過ぎてしまった事を後悔している暇はない。なんとしても志村を止めなければ。
俺は起こりうる最悪の事態を考えながら廊下を駆け抜けた。







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