3z銀妙 | ナノ

泣いて逃げるだろう。
そう思った。
こんな情けない自分をこれ以上晒したくなかった。
委員長には悪いが早く此処から消えて欲しかった。
「さて、楽しませてもらおうか」
放心状態らしい委員長はうんともすんとも言わなかった。
もう一押しと思った俺は、ぐっと顔を近付けて委員長の顎に手をかけた。
その時だった。
「…っ!!」
腹部に凄まじい衝撃を受けた。
息が詰まる。
何が起こったのかわからないまま俺はベッドに倒れこんだ。
委員長はするりと俺の身体を躱す。
「別に無防備な訳じゃないわ」
霞む視界に委員長が映った。
「風邪で弱ってる相手になら勝てると思ったのよ」
にこりと笑うその表情に幼い日の記憶が蘇る。
そうだった。
やたらと強い腕っぷしには男子全員敵わなかった。
忘れていた訳じゃない。
けれどそれは随分と前の話で、今じゃもう身長も伸びそれなりに筋肉もついた。
そんなに体格差がなかった小学生の頃とは訳が違う。
だからまさかこんな事になろうとは思ってもみなかった。
風邪で弱ったせいだと、そう思いたい。
「思ったより元気で安心したわ、けど頭の方はちょっと危ないみたいね」
委員長は俺の手からスカーフをするりと取り上げると、あっという間に元の位置で結び直した。
「……ふっ」
不意に可笑しくなった。腹の底から笑いが込み上げる。
「ははっ!」
ごろんと仰向けになって衝動のままに笑った。
可笑しくってしょうがない。
「…大丈夫?」
気でも触れたんじゃないかと言いたげな顔で委員長が覗きこむ。
「あーあー、情けねぇ…」
思わず本音が漏れた。
でも、まあいいかと思う。
だってそうだろう。
今まで散々そんな自分を晒してきたのた。
これ以上情けなくなることなんてあるはずがない。
今更取り繕ったところで余計に滑稽になるだけだ。
俺は心配そうにしている委員長の手を掴んだ。
おもいっきり引っ張ったせいで紅くなっている。
「…すまなかった」
そう言うと委員長は目を丸くした。
「…昔と違って随分素直ね」
「誰かさんが言うには、頭の方が危ないみたいだからな」
委員長はぱちくりと瞳を瞬かせると、「そうね」と言ってくすりと笑った。



「じゃあお大事に」
「ああ」
去っていく委員長の背中を見送り布団に戻る。
もう一眠りしようと横になる寸前、携帯の着信が鳴った。
発信者の名前を見て迷ったが、結局俺は通話ボタンを押した。
「もしもし」
『おお、晋助か』
「…ああ」
『最近どうだ?元気にしてるか?』
「ああ、心配いらない」
『そうか…よかった』
「……」
『…いつ、帰ってくるんだ?』
「……まだわからない」
『母さんが寂しがってる…できれば顔だけでも見せてくれ』
「ああ」
『約束だぞ』
「わかってるって」
『よし。じゃあ夜遅くにすまなかった。おやすみ晋助』
「ああ、おやすみ」
そう応えて電話を切った。
張り詰めていたものが解けてそのままベッドに倒れる。
しばらく着信履歴に残った名前をぼうっと眺めた。
「こんなところで止まってる訳にはいかねぇよな…」
俺の一人言は静まりかえった室内に虚しく響いた。



「姉上、おかえりなさい」
「ただいま」
家に戻ると弟が出迎えてくれた。
「ご飯温めますから、その間に着替えちゃってください」
優しい弟はそう言って私を促した。
「ええ、ありがとう」
お礼を言って部屋に行こうした時、弟が心配そうに顔を覗きこんできた。
「どうしたんですか?」
「え?」
「顔、真っ赤ですよ」
「…っ!」
思わず頬に触れる。
「…遅くなったから走ってきたの」
「そうですか。まあ夜道は危ないですからね」
「そうね」
部屋に戻るなり私はその場にへたり込んだ。
まだ心臓がドキドキしてる。
走ってきたのは本当だ。
そうせずにはいられなかった。
「びっくりした…」
掴まれた手の感触がまだ残っている。
隙さえあればあの場面が何回も頭の中で再生された。
『すまなかった』
あの声すらいまだ耳元に貼り付いている。
思い出すたび顔に熱が集まった。
彼の助けになりたい一心だった。
まさかあんなことになるなんて思ってもみなかった。
平静を装うことがあんなに難しいなんて。
彼の言葉を借りるなら、たぶん無防備だったのだ。
男子と二人きりという状況を失念していた。
しばらくぼうっとしていると、メールの着信音が鳴り響いた。
はっと我に帰り携帯を確認すると銀八からだった。
『おやすみ』
メールにはたった一言だけそう綴られていた。
珍しい銀八からのメールに思わず頬が緩んだ。
「タイミングずれてるのよ…」
少し罪悪感が湧いた。
もし今日の話をしたら銀八は怒るだろうか。拗ねるだろうか。妬いてくれるだろうか。
いろいろ考えを巡らせて一つの結論に辿り着く。
きっと無関心を装うに違いない。
「おやすみなさい」
そう返信して立ち上がった。
弟が私を呼んでいる。
いつの間にか、不思議と心は落ち着いていた。







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