short story | ナノ

「なあ、いい加減でてこいよ」
「………」
銀時はわが家の押し入れの前で立ちすくみながら困り果てた。
いっこうに出てくる気配のないところをみるとよほど腹を立てたらしい。
あの大食い娘でもやらないような拗ね方で妙はかれこれ半時ほどそこに篭っている。
大人らしい女だと思っていたがそんなことはない。今のこの状況がそれを物語っている。
「俺が悪かったって」
「…許しません」
襖を隔てて聞こえた声はやはり拒絶を表していた。また溜め息が零れる。
この堂々巡りなやり取りも何回目になるだろう。
事の発端は居間でテレビを見ていた時だった。
お前もこんくらい可愛いければなと昼ドラに出ていた女優を指して零した。
なんてことはない、いつもであれば拳一発で収まるはずの些細な事だ。
自分で言いつつも腹に力を入れ振り下ろされる衝撃に備えていたが、妙の反応は予想を大きく裏切り「どうせ私は可愛くありませんよ」と吐き捨てた後、押し入れの中へ篭ってしまった。
そして今のこの状況が出来上がったわけである。
拗ねて押し入れに篭るなんておよそ彼女の行動らしくないが放っておくわけにもいかなかった。
あの手この手で機嫌をとろうと試みるがどれもうまくいかない。
「冷蔵庫にハーゲンダッツあるぞー。出てこねェんなら俺が全部食べちゃうぞー」
「………」
妙は無言で返す。
謝り倒してもだめ、餌で釣ってもだめではもうお手上げだ。
いっそ無理矢理引きずり出そうかとも考えたが鉄拳制裁に陥落することは目に見えている。はてどうしたもんか。成す術が見つからない。
元は思ってもいないことを口走った自分がいけないのだが。
自分の素直じゃない性格を呪う。
かわいくないなんて一度も思ったことはないのに。
むしろ、いちいちその仕種に鼓動を無理矢理落ち着かせなくてはならないくらいだ。
大切で、愛おしくて、この手の中に一生閉じ込めておきたいと願ってしまう。
触れたくても触れられないもどかしさをお前はきっと知らない。
祈るように襖に触れた。
「…お妙は、かわいいよ」
普段なら絶対に口にはしない甘ったるい言葉を吐けるのは、素直になれるのは、襖を隔てているおかげなのかもしれない。
いつだって俺を捕まえるのはお前だ。
いつもの凛とした姿も、たまに見せる子どもらしいところも含めて全部。
「だから出てきて」
しばしの無言の後僅かに襖が開いた。妙は少しだけ顔を覗かせると何かを訴えるように視線を向ける。
その姿はやはり拗ねた子どものようで思わず笑ってしまいそうになるのを堪えた。
「おいで」
手を差し延べると躊躇しながらも華奢な手の平が重ねられる。
「…もう一回、言ってください」
疑っているのか、まだこちらに来る気はないらしい。俺もそうだがこいつも大概素直じゃない。
つまりのところ似た者同士というわけだ。
「ねぇ銀さん…」
「んなこっ恥ずかしいこと何回も言えっかよ」
「そう、じゃあさようなら」
「だぁああ!待て待て!言うから!言うから引っ込むな!」
また引きこもりそうになる妙の手をしっかりと掴む。
侍をなめんなよコノヤロー。キメる時はビシッとキメてやる。男に二言はない。
空いてる方の手で襖を開き掴んだ手を引き寄せた。バランスを崩した妙の体を抱きすくめる。
言うなら今しかない。
「大好きだよコノヤロー」


2009/1/11
title:惑星



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