short story | ナノ

(土妙兄妹+幼なじみ沖田)




「なんで毎年お兄さんが一緒なんですかィ?」
「二人で初詣なんてあと十年は早ぇ」
「それ、去年も聞きやした」
「毎年言ってるからな」
「ちょっと二人とも喧嘩しないで」
二人の間に挟まれて歩いていた妙は欝陶しいとでも言うように眉間に皺を寄せる。
もうすぐ新年を迎えるというのに二人は相変わらずの様子であった。
「だいたい幼なじみなんだから別にいいじゃないですかィ」
「それを言うなら俺とも幼なじみだろうがよォ」
「ほんと人生最大の汚点でさァ」
「上等だコラ」
さらに加熱しそうな雰囲気が漂うと妙はただ静かに「二人とも…」と呟いた。
二人はすぐに黙る。
これで大人しくなるというのも可笑しな話ではあるが。
まったく、どうしていつもこうなるのだろう。
妙から溜め息が洩れる。
毎度のことながらこの二人は会う度に言い争っていたりするのだが、その仲裁をするのがいつも妙の役目とあってはなかなか気が休まらない。
さっさとお参りを済ませてしまおうと妙は神社への道を急ぐ。
「ほら早くして」と急かすとなんとも不機嫌そうな返事が帰ってくる。
いつも思うことなのだが、そんなに互いが嫌いなら一緒に来なければいいのにと妙はそれが不思議でならなかった。
また喧嘩しそうになる二人を尻目に前へ進む。
「きゃっ…」
何かに躓いたと思った時にはもう遅く、意思とは反対に前につんのめりそうになる身体は反射的に右手を伸ばす。
それから訪れる衝撃と痛みに思わず目をつむるが、後ろへと引っ張る力がそれを防いだ。
はっと我に帰り、何が起こったのか確認するとどうやら自分は両の腕を掴まれているようだった。
「ぼうっとすんな」
「ちゃんと前を見なせェ」
両側から抱えるようにして妙は支えられていた。
いつの間にこっちに気付いたのか。
さっきまで怪しい雰囲気を漂わせていた二人は揃って妙の隣にいる。
「ありがとう」
とは言ったものの、やはり聞いていないのかまた二人は睨み合っていた。
これではお礼を言いたくとも入り込む隙がない。
今度は何が原因なのか。
妙には知るよしもないが別段知りたいとも思わない。
喧嘩ばかりする二人ではあるが、こういう不器用でそっけない優しさがけっこう似ていたりするのに。
またひとつ溜め息が洩れた。
境内へと続く道は相変わらずの人込みだった。
「やっぱり混んでるわねぇ」
「妙、俺と手を繋ぎやしょうか」
沖田が妙に手を差し出すとそれを遮るように兄が立ちはだかる。
「そうはさせるか」
「お兄さんはお呼びじゃねェでさァ」
「テメェもお呼びじゃねんだよ」
「ったく、そんなんだから彼女に逃げられるんでィ」
「なっ、なんでテメェが知ってんだ!」
「妙から聞きやした」
「っ…あいつ」
「こんなシスコンな兄の彼女になる人もほんと可哀相でさァ」
「上等だコラ、竹刀を取れ」
「望むところでィ…って、あれ?妙はどこですかィ」
「どこってここに…あれ?」
「もしかして…」
「…はぐれた、か?」
これから始まろうとした二人の聖戦はまさかの事態によって幕を引いた。





境内に近付くにつれて人込みはいっそう激しいものになる。
だから妙もこの事態に気付くのが遅れてしまったのだ。
気がついた時には隣に兄と幼なじみの姿はなく、行き交う知らない人々の中で妙は孤立していた。
(…あら、はぐれちゃったわ)
辺りを見回してはみるがこの人込みではその行動も無意味に近い。
流れる人の波に阻まれる。
(どうしよう…)
とりあえず携帯電話で連絡を取ろうと試みるが、やはり回線が混雑しておりいっこうに繋がる気配がなかった。
こういう時はあまり動かない方がよいのはわかっているが、押し寄せる人々によってそれは叶わない。
今は邪魔にならない所に避難しようと人の群れから外れるが、兄達があの中にいるのなら逆に見つけにくいのではないかと妙は少し途方にくれた。
(そういえば、前にもこんなことがあったような…)
―そう、あれはまだ自分が幼い頃の話―。
「お兄ちゃん!そーご!」
力の限り声を振り絞っても、通り過ぎる人たちがちらりとこちらを見るだけで、二人の返事が聞こえることはなかった。
さっきまで一緒に手を繋いで歩いていたはずなのに、手の平から消えた温度が孤独感を強調する。
まだ身長の低い妙には、この人込みが越えることのできない大きな壁のように思えとても恐ろしかった。
たびたび「お嬢ちゃん迷子なの?」と声をかけてくる人もいたが、妙はなんと言ってよいのかわからず結局走って逃げてしまう。
ただただ怖かった。
不安だった。
そうしているうちに自分がどこにいるのか益々わからなくなり、このままもう皆には会えないんじゃないかとさえ思った。
いよいよ泣きたくなってくる。
「お母さん、お父さん、お兄ちゃん、そーご…」
もはやそれは叫びではなくただの呟きだった。
疲れ果てた妙は近くにあった大きな木の下に座り込んだ。
そして…。




そうだった。
昔もこうやって迷子になってたのだ。
しかも同じこの場所で。
(まったく、全然成長してないわね私も)
少し恥ずかしい自分の過去の失態に思わず笑ってしまう。
今思えば何がそんなに恐ろしかったのだろう。
せっかくの人の好意をも無下にして何から必死に逃げていたのだろう。
小さい子どもは突拍子もないことを考えているというが、まさしくその通りであると妙は思った。
自分のことではあるが今の妙に昔の自分の考えていることなどわかるはずもない。
妙が迷子になったのは後にも先にもこの一回きりである。
先ほどの道から少し外れた所を歩いていると、たいそう立派な木がどんと前にそびえていた。
しめ繩がかけられていることから察するにこの神社の御神木なのだろう。
「そうだ…この木だわ」
迷子になったあの日、疲れ果ててここに座り込んでしまったのだ。
ここで誰かが見つけてくれるのをひたすら待っていた。
(そして…、あら?その後どうなったのだったかしら?)
記憶にぽっかりと穴があいてしまったようで、あの時の恐怖は鮮明に覚えているのに、それから先のことが思い出せない。
(ここに座り込んで、そして泣いた、のだったかしら?きっと泣いたわよね。その後………)
あの時のように同じ場所にちょこんと座ってみるが、けれどいっこうに蘇る気配のない己の記憶にもどかしさを感じた。
―その時。
「「妙!!」」
綺麗にハモった二つの声が降り注ぐ。
顔を上げればそこには紛れも無い自分の兄と幼なじみの姿があった。
「お兄ちゃん…そーご…」
今まで走っていたのだろうか。
二人はゼェハァと苦しそうに肩で息をしている。
一生懸命探してくれたのだろう。
思わず口元が緩む。
声をかけようと立ち上がったその刹那、ある記憶がフラッシュバックした。




「………」
どれだけ時間がたったのだろう。
寂しすぎていよいよ涙が溢れてくる。
「お兄ちゃん…そーご…」
恋しくなって二人の名前を呟いたその時だった。
「「たえ!!」」
聞き慣れた声がした。
ふと前を見ると前方から駆け寄ってくる二人の姿があった。
それを見て今まで堪えていた涙が嘆を切ったように流れ出す。
「お兄ちゃん!そーご!」
二人に抱き着き大きな声で泣く。
「まったく、手ぇはなすなって言っただろ」
「走るなって言っただろィ」
それぞれの文句が聞こえてくるが、今はそれ以上に見つけてくれたことが嬉しかった。
長く離れていたわけでもないのに懐かしささえ感じた。
「あっちに母さんたちいるから、そこまで歩けるな?」
兄が背中をさすってなだめてくれるが妙は鳴咽で頷くことしかできなかった。





そうか、そうだった。
こんな大切な記憶、どうして今まで忘れていたのだろう。
その後二人に手を引かれて無事に家族と合流できた。
あの時も二人が見つけてくれたのだ。
懐かしさに笑みが零れる。
なんだか可笑しくて、けれどやっぱり嬉しくて、妙は声をあげて笑った。
いまだ苦しそうに喘いでいる二人がどうしたんだと訝しむ。
「ふふ、なんでもないの」
私はこうやって守られてきたのだ。
妙が迷子になったのは後にも先にもこの時一回だけである。
その後迷子にならなかったのは、きっと二人が隣を歩いてくれたからだ。手を引いて歩いてくれたからだ。
やっぱりふたりは似ていると思う。不器用でわかりにくい優しさが。
「ありがとう」
互いに顔を見合わせる二人に向かって言う。
今まで忘れていてごめんなさい。いつも守ってくれてありがとう。
「まあ、見つかってよかったがな」
「それより早く行きましょうや。あっちで甘酒配ってやしたぜィ」
そうねと返して歩き出そうとすると二つの手が差し延べられる。
「迷子にならねぇようにな」
「ほんと、もう勘弁してくだせェ」
まったく、この二人ときたら。
自分のことには無頓着なのに妙のことになると心配性な一面を見せる。
「…私、もう子供じゃありません」
少しふて腐れてから妙は二人の手をとり歩き出す。
晴れ渡った星空の下、新年を迎えた除夜の鐘が鳴り響いた。

A HAPPY NEW YEAR!

2009/1/1



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