short story | ナノ

まさか彼のほうから来てくれるとは思わなかった。
当然嫌われていると思っていたからだ。
今だからこそわかる。自分は今までいろんなものを傷つけてきた。
自分を正当化し他のものなんか全然見えていなかった。
とても浅はかで愚かだった。悔やんでも悔やみきれない。
だから謝罪をと思った。
もう少し勇気がもてたら謝りに行こうと思っていた。
なのに。きっと自分はたいそう間抜けな顔をしていたに違いない。

「あ、九兵衛さん。こんにちわ」
「……………」
予想だにしてなかった光景に息を呑む。
志村様がお見えですよ、と聞いていたからてっきり妙ちゃんだと思っていたのだ。
あまりにも急な展開に頭がついていかない。
体も縫い付けられたように動かない。
嫌われていると思っていたからだ。
顔すら見たくないだろうと思っていた。
何故ならそれだけのことを自分はしたのだ。
だから自分から会いに行こうと思った。
会って謝ろうと思った。
それなのに客室に通されていたのは弟のほうで、今一番詫びなければいけない人物で、そして今一番会いたくない人だった。どうして、どうして。そればかりが頭の中を巡る。
未だに動こうとしない自分を不審に思ったのか、九兵衛さん?、と投げかけられた。
「どうしたんですか?」
「…あ、なんでもない」
とりあえず向かいのテーブルに腰を下ろす。
しかしどうしても顔を上げることはできなかった。
彼を直視してしまえばその表情に絶望するかもしれない。
少しでも嫌悪の色が現れていたら。
こんなにも後ろめたい気持ちになったのは初めてのことで今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。
心臓が騒ぎたてるような漠然とした焦燥感。
ほんとうに自分は弱い人間だ。
何か言わなければ、でも何を…
「突然お邪魔してしまってすみません」
「…ああ、いや、かまわない」
「今日来たのは渡したいものがあって……、はいどうぞ」
かさりとテーブルに紙の擦れる音が聞こえた。
視線を下に向けたままだからそれが何なのかわからない。
目を合わせないようにちらりとテーブルに目をやると控えめな包装の包みが置かれていた。
かぶき町銘菓と書かれている。
「この間のお詫びです」
さらりと彼はそう言った。
その言葉に釈然としない何かを覚えた。
お詫びって、いったい何を詫びるというのだ。
君は何も悪いことなんかしていないじゃないか。
詫びるとしたらこちらのほうだ。
自分がしたことは、そう簡単に許されるものではない。
ぐるぐるとたくさんの言葉が浮かんでくる。
気がついたら僕は顔を上げて正面を向いていた。
そして自分は今夢を見ているのだと思った。
そうまるで空気のように自然に笑っているのだ。
自分に向けられることなど無いと思っていたものが当たり前のように。
自分はこの顔をよく知っている。
そうまるで彼女みたいな。
穏やかな昼下がりの日差しのように温かなそれを。
ずっと焦がれていたそれを。
「僕たち、いろんなもの壊しちゃったりしたし、とても迷惑をかけたと思うから…」
すまなそうにぽりぽりと頬を掻く。
「…なぜ、僕のほうこそ謝らなければいけないのに」
不思議と自然に言葉が零れた。
「君を傷つけること、たくさん言ったのに」
「…ああ、そんなことですか」
「そんなことって…」
「それはもういいんですよ」
ふわりと微笑む。
やはり姉弟というべきか、笑い方はまるで映し鏡のようだった。
「それに、本当に自分は弱い人間なんです。九兵衛さんが言ったようにいつも誰かが護ってくれると、無意識に思っていたのかもしれない…」
「っ!そんなことない!!」
気がつくと僕は声を張り上げていた。
「絶対にそんなことはない…っ」
「…九兵衛さん?」
「僕は、とても感謝しているんだ!」
言い切ってからどうしてこんなにも感情的になっているのか不思議に思った。
でもどうしても否定せずにはいられないのだ。
湧き上がる思いが抑えられない。
(君が弱いなんて、そんなことはない!)
あの決闘が終わってからよく昔のことを思い出す。
女みたいだとからかわれていた頃のはなし。
妙ちゃんに助けられてばかりだったからあまり印象には残らなかったが。
確かに彼も助けてくれたのだ。
けんかでは勝てないと知りながらも、妙ちゃんと一緒になってあいつらに向かっていってくれたのだ。
始めから逃げていた自分とは大違いだ。
そんな君を弱いなんて思った僕はとても愚かだ。
だって、あんなにも君は強かったじゃないか。


2007/12/19
title:告別



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -