short story | ナノ

(兄妹パロ)



こんこんと戸の叩く音が聞こえたかと思うと、返事をする間もなくがちゃりとドアノブが回された。
机に向かったままなんのようだ、とその行為を働いた人物に問う。
振り向かなくたってこの家でこんなことをする奴は一人しかいない。
何年も同じことを繰り返されたら諦めを通り越してもはや何も感じなくなっていた。
「お兄ちゃん、勉強教えて?」
開けられたドアの隙間からひょこりと顔を覗かせて(見なくたってわかる)妙は言った。
回転式の椅子を少しだけ回して背後を見やればもうすでに教わる気満々らしく、ノート教科書分厚い参考書がその腕に抱えられている。
とうに慣れたことだが身体に染み付いた習慣のせいかはあとひとつ溜息が零れた。
「返事をしてから開けろと何回言えばわかるんだ」
「あら?お兄ちゃんこそそんなこと言っても無駄だって何回言えばわかるのかしら?」
あまり長く付き合ったことがない奴らならその人の良さそうな笑顔に騙されるんだろうが、十年以上家族をやってるこちらからするとそれはもう性質の悪い悪戯だ。
未だにその笑顔をかわす方法が見つからない。
気がついたらもうひとつおまけの溜息。
まるで意味のないやりとりで時間を潰したくはなかった。
こっちだって明日までのレポートを抱えているのだ。
単位を落とすとまではいかないが成績に響くのは頂けない。
ちらりと時計を見る。
「………1時間だけだからな」
ぎりぎりレポートが仕上がる時間を計算してこうしたが妙はそれに不満があるらしく少しだけ唇を尖らせながら部屋へ入った。
そして部屋の真ん中に置かれている小さなコタツの上に勉強道具を並べだす。
面倒だが付き合ってやらないと後が怖い。
我が妹ながらその腕っ節はそれはもう素晴らしいものだ。
足取り重くコタツへと入り込む。
スイッチはさっき妙が入れたばかり。
冷たくこもった空気に少々うんざりした。
「相変わらずコタツが似合わない人ね」
「うっせ、こんな殺風景な部屋見てるだけで寒くなるっつって持ち込んだのはお前だろ」
「だって寒いと集中できないじゃない」
「だから自分の部屋でやれって言ってんだろ」
「じゃあお兄ちゃんが来てくれるのかしら?」
「はあ?んなわけね…」
「で、ここなんだけどね、」
「人のはなし聞けやコルァ」
いつの間にやら開いた教科書に置かれた指。相当苦戦したらしくノートには書いては消してを繰り返した後がうっすらと残っていた。数学は苦手ではない、むしろ得意だ。過去おぼろげに解いた覚えのあるそれに意識を集中させた。



「これでいい?」
「ん?…ああ、合ってる」
40分も過ぎた頃。やっと終わりが見えてきた。
妙も疲れたのかカランとシャープペンシルを置いて伸びをする。
こっちも遠い昔の記憶を引きずり出したせいか僅かに目に疲れを感じた。
これから更にレポートという敵が待っているかと思うとさすがに嫌になる。
十分に温まったコタツのせいもあって眠気まですぐそこにやってきている。
それは妙も同じらしい。
ひとつ大きな欠伸が落とされた。
時間はまだ12時前だが、テスト前だからと言ってここ数日夜中まで部屋の電気がついていることは知っている。
もう寝るかと聞くと無言で首を横に振ったが大きな瞳は半分まで閉じられていた。
再び筆を持ち問題へと向かうがこくんこくんと所在無く頭が揺れている。
落ちるのは時間の問題だろう。さて如何したもんか。
自分もまだ寝るつもりはない。
眠気覚ましのコーヒーでも持ってくるかと1階の台所へ向かった。


「…妙?」
自室に戻るなり目に映ったのは完全に机にうつ伏せになってすうすうと寝息をたてている妹だった。
そっと音を立てないようにコタツという名の机の上にコーヒーが二つのったお盆を置く。
そろりと覗き込むと完全に熟睡しているようだった。
肩が規則正しく上下している。
「ったくしょうがねえな、たえ、…たえ、起きろ」
いつだか寝せたままにしたとき、なんで起こさなかったとひどい目に会ったことを思い出す。
少々気は引けるが今回も同じ目に会ってはたまらない。
「たえ、こんなとこで寝ると風邪引くぞ」
肩をゆするが、ん、と小さく呻くだけで起きる気配は感じられない。
こうなってしまってはもう手遅れだろう。
はあと今日何回目かわからない溜息を吐いた。
(寝てさえいればかわいい妹なのにな)
ふわりと笑みが零れる。
むき出しになった肩が寒そうでタンスから毛布を取り出しそっとかけた。
まあ寝ても起きてても結局はこいつに弱いということになるのだが。
静かな部屋に呼吸音だけが響く。
顔にかかった髪をさらりと払いのけると紅色の頬が現れた。
ああこの感じ、懐かしいってこういうことをいうのか。
気がついたらあらわになったその頬を人差し指で突ついていた。
昔はよくこうやって遊んだものだ。
そのたびに怒られて(殴られて)いたが。
んっと眉間に皺が寄るのが面白くて思わず吹き出した。
あの頃と何も変わってない。
(頑張りすぎんなよな、これでも兄ちゃん心配なんだぞコラ)
指を引っ込めるとまたゆるやかにすうすうと立つ寝息。
そろそろレポートに取り掛からないとまずい時間だ。
でももう少しだけこのままで、と腰を上げるのためらってしまう。
二つの影が動かないままコーヒーの湯気だけが揺らめいていた。




2007/11/29
title:惑星



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