short story | ナノ

「すっかりはぐれちゃったな…」
僕がそう呟くと、隣にいる男は面倒くさそうにため息をついた。
「ま、そのうち見つかるだろィ」
「だといいけどね」
はぐれた仲間を微塵も探す気のない男を横目に、なんだか僕もどうでもよくなってきて、片手に持っていた水風船をぶらぶらと揺らした。
今日は町の祭りだった。
行きかう人々はみなどこか浮かれている。
示し合わせた訳ではないけれど、なんとなくクラスのモテない野郎どもが集まって、なんとなく祭りに参加してみた次第だが、協調性のない人たちばかりだとやっぱりこういうことになる。
まあ、わかっていたことだけど。
僕はなんとはなしに周りを見回した。
やはりこういう夏のイベントにはカップルが多い。
だからだろうか、なんとなく肩身が狭かった。
そんな中で、男二人で連れ立って歩くのはなんかなぁ、と僕が思った矢先。
そう思っているのは自分だけではないらしく「何が悲しくて男二人で祭りなんでィ」と、不本意な不満が隣から聞こえた。
「だったらみんなを探してよ」
「むさくるしい野郎どもがまた集まったところで状況は悪化するだけでィ」
「……」
確かに。
まったくごもっともな意見に返す言葉がない。
歩くのに疲れた僕らは、屋台の通りを離れた少し向こうに、腰かけるのにちょうどよさそうなベンチを見つけた。
「あーあー疲れた」
「まだ来て三十分も経ってないよ」
腰を下ろしてそうそうに沖田は愚痴をこぼした。
ここからなら広範囲を見渡せるし、はぐれた仲間を探すのにもちょうどいいかもしれない。
僕たちはしばらくここで時間をつぶすことにした。
親子連れやらカップルやら、かぶき町中の老若男女がここに集まっているのではないだろうか。
そう思うくらいに人で溢れかえっている。
「あ、土方」
突然沖田が声を上げた。
「えっ、どこどこ」
声につられて僕はその視線の先をたどる。
たくさんの人ごみの中に、見覚えのある人影を見つけた。
焼きそば屋の前に並んでいる二人の男女。
間違いなく、土方だった。
「最近付き合うことになったっつー彼女かねェ」
「まあ、そうだろうね」
土方の隣には浴衣を着こんだ可愛らしい女子が並んでいた。
最近付き合いだしたという一年後輩の女子だろう。
ちなみに土方は、今日のモテない集団の中にはもちろんいない。
僕はうらやましいと思ってもいいはずなのだが、正直その光景を見てもちっともそんな気持ちにはならなかった。
隣の沖田もなんとも思っていないのだろう、興味なさげに向こうを見ていた。
どうせまた数か月で破局する。
僕たちは同じこと思っているに違いない。
あの焼きそばにかかった大量のマヨネーズを見て、引かない人間はいないんだから。
あと数分後に、あの一年女子の可愛らしい笑顔が消えてしまうのかと思うと、むしろ哀れにさえ思った。
「あーあー、逆ナンとかされねェかな」
すでに土方に興味を無くした沖田は、手持無沙汰そうに水風船をもてあそんでいた。
「何言ってんの、ことごとく視線で追い払ってるくせに」
顔だけはいいこの男の見てくれに惹かれてか、さっきから何人かの女子がチラチラとこちらに視線を寄越してくるのだが、―僕はそのたびに、いいのは外見だけだからと心の中で悪態づいた―、沖田は誰も相手にしない。
理想は姉のような人だといつか言っていたのを思い出す。
「そいえばオメェの姉ちゃんはどうしたよ?」
「姉さんは友達と来てるはずだけど…、そっちは?」
「左に同じ」
僕はふうんと相槌を打って、またなんとなく正面を向いた。
相変わらず人で溢れている。
「あ……」
僕はありえないものを見て、思わず息をひそめた。
ただ一点を凝視する。
そんなバカなありえない、と心の中で何回も反芻した。
姉さんが、男と歩いているなんて。
「新八?」
水風船に飽きた沖田が、おもむろに僕の顔を覗き込んだ。
僕はそれどころではなかった。
僕の視線の先が気になったのか、沖田も視線を向こう側に運ぶ。
「ああ…」
それを見て合点がいったようだ。
憐れむように肩を数回叩く。
「…まあ、アレだ。元気出せ」
「…変な気遣わないでくれる?」
「帰ったら赤飯炊いてやりゃいいさ」
「追い打ちかけないでくれる?」
全身の力が抜けた僕は、項垂れるようにベンチにへたり込んだ。
未だに自分の見たものが信じられないが、もう一度顔を上げて確認する勇気もまたない。
どん底に落とされた心持ちでいると、隣がやけに静かであることに気が付いた。
ここぞとばかりにからかわれると思っていただけに予想外だ。
ふと隣を見ると、沖田もまた呆然と向こう側を見つめていた。
「どうし…」
口を開きかけたとき、ある人影が視線の先に映った。
隣の男と似ている薄茶色の髪色。
整った顔立ちは沖田と瓜二つだった。
その沖田の姉が、男と手をつないで歩いているのを確かにこの目で見る。
僕は固まって動かなくなった沖田の肩に手を置いた。
泣きたくなるくらい、心中お察しする。
「よければ赤飯、お裾分けするよ」
「……よろしく」
沖田は何の感情も乗せない表情のまま、力なく呟く。
その瞬間、打ちひしがれた僕らの耳に、ひゅう、という甲高い音が届いた。
顔を上げると同時に破裂音が空に響く。
そういえば、小規模ながら花火も打ち上げると言っていた。
「「…たーまやー…」」
僕たちは暗い空に咲く花火を、ただただ莫迦みたいに見上げて呟いた。
「…たまやってなに?」
「しらね」
とある夏の出来事だった。

2013.8.26



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