short story | ナノ

※ちょっと未来

起きたのは昼過ぎだった。
てっぺんをまわった太陽が、南側の窓からギラギラと照りつけた。
「暑…」
これはもう寝てられないなと俺は布団から身体を起こした。
襖を開けると、気持ちのよい風がさっと通り抜けた。
家中の窓という窓が開け放たれている。
居間にはいつものソファに神楽が背を向けて座っていた。
俺の存在に気付いたのか、神楽はこっちを振り返るでもなく、ただ一言。
「やっと起きたかアルカ」
そのぞんざいな物言いは昔から相変わらずかわいくない。
「いるんなら起こせよ」
「フン、いつまでも誰かが世話焼いてくれると思うなヨ。このマダオが」
「……」
いつもいつも思うことだが。
その毒舌は日に日に鋭さを増していってるような気がする。
それももう慣れたものだが、年頃の娘だというのに、という心配が無いわけではない。
「ったく、どっちが世話してやってると思ってんだよ…」
俺は愚痴を吐きながら風呂場へと向かった。

居間へ戻ってソファへと腰を下ろす。
冷蔵庫から取り出したばかりのいちご牛乳をかっくらいながらうちわを扇いだ。
向かい側では神楽が洗濯物を畳んでいた。
さっきからそこで何をやってるかと思えば。
視界に入ったそれを何とはなしに見ていると。
(随分きれいに畳むようになったなァ…)
自分よりはるかに小さいその手の中で、衣服が次々と整えられていく。
テーブルに積まれたそれを見ても昔とは大違いだった。
そういえば前は…。
今よりもわずかに幼い神楽と、その隣で懇切丁寧に指導している新八の姿が頭に浮かんだ。

『ね、神楽ちゃん。こうすればきれいに見えるでしょ』
『うおお…!さすが新八アルナ、雑用の鏡アル!』
『…それ褒めてんの?貶してんの?』
『次、あたしもやるネ!』
『はいはい、じゃあこれお願いね』
『合点承知!!』

(………)
あれはいつの事だったか。
もともと不器用なせいもあったのか、そのあと神楽が畳んだ洗濯物は見るも無残な姿だった。
何回やってもうまくいかなくて、結局拗ねてしまった神楽は何度も新八に慰められていた。
つい最近の出来事だと思っていたけれど。
あの時とは比べ物にならないその手際のよさに、けっこうな時間の流れを感じた。
自分の知らぬ間に、随分と成長したようだ。
そういえばあれ以来、神楽は家事を積極的にやるようになった。
洗濯をするようになった。
アイロンをかけるようになった。
掃除をするようになった。
たまごかけご飯以外も作れるようになった。
…思ったよりも、大人に近づいているのかもしれない。
そう思う。
(………)
喜ばしいことなのに、なんだか居心地がよくなかった。
どうして俺はこんなにもすっきりとしないんだろうか。
この居心地の悪さには覚えがある。
これは寂しいという感情だ。
まさか、神楽が大人になるのが寂しいと、自分は思っているのだろうか。
(ふっ…)
そんなの、おかしな話だ。
寂しいと思う必要がどこにある。
馬鹿みたいに神楽の様子を見ていた俺は、不意に顔を上げた神楽と目が合った。
「じろじろ見てんじゃねーヨ」
怪訝な表情でまたギロリと睨まれる。
「…へいへい」
俺はごまかすように、手元のいちご牛乳を飲み下した。
数年前からずっと変わらないそのしぐさに、どうしてか泣きたくなるくらいホッとした。

2013/6/6



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