short story | ナノ

「俺ァ犬じゃねえぞ」
「はいはい」
「弟でもねェ」
「当たり前です、殺しますよ」
「更に言うならテメェは只の捨て駒だ」
「でしょうね。その為に連れて来られたんですから」
「じゃあなんの真似だこれは」
二人きりの密室には、互いの声と空調の音、それとまどろみを誘うようなぽんぽんという音が一定のリズムで刻まれていた。
まるで幼子をあやすように女は高杉の背を叩く。
その突飛な行動に呆れながら、高杉は黙ってそれを享受していた。
「あら、先に私の手を掴んだのは貴方よ?」
「正当防衛だ」
妙の右手にはどこから仕入れたのかわからない小刀が握られていた。
その細い手首を握りながら高杉は考える。
ここへ連れて来たときに身ぐるみは全て剥いだ。
今着ているものはこっちが用意したものであり、この小娘に武器を与えてやるほど俺たちは間抜けではない。
それでも彼女は今まさに武器を所持している。
見かけによらず相当抜け目ないと今になって認識した。
「まさか寝首を掻かれそうになるとはな…」
「ふふ…油断大敵ね?」
「テメェがそれを言うか」
ただ女を制してからのその後の行動は、それこそ油断大敵といったところか、まったく予想だにしていないものだった。
真正面から見据えられ、それが数秒続いたと思ったら、空いている方の手を背中に回された。
回避しようと思えばできたが、それはしなかった。
自分を殺そうとしたこの小娘が、次はどんな行動にでるのか興味が湧いたからだ。
背中に回った女の掌は、予想外にもぽんぽんと穏やかな振動を生んだ。
「どうしてかしら…貴方を見てたら、迷子になって泣きじゃくる昔の新ちゃんを思い出してしまったものだから…」
まるで懐かしんでいるようだった。
「もちろん新ちゃんの方が数倍かわいいけどね」
「…ふ」
女の言葉に不意に可笑しさが込み上げた。
堪えられず喉の奥でくつくつと笑うと、笑い方が不気味だと野次られる。
口の減らない女だ。
端からみたら、女に抱きしめられながら背を叩かれているなんて、余程情けない姿を晒していることだろう。
それに女の言葉も意外と的を獲ていた。
確かに俺はこの世界で迷子になっているのかもしれない。
そう思うとまた可笑しくなって、更に笑う羽目になった。
ぽんぽんぽんぽん。
心地よいリズムはまだ続いている。

2012/2/6



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