short story | ナノ

「おりょうちゃぁん!好きじゃー」
昼の廊下の喧騒に負けないくらいの声が響く。後方から聞こえたそれに加えて近づく足音。この状況にも慣れたもので、もっていた鞄を勢い良く振り上げると、バァァンという破裂音が響いた。奴の顔面にヒットしたことを確認する。しかし床に倒れたその本人は顔面を押さえながらも、アハハと笑った。変態としか思えない。しかも教師というのだから世も末だ。この学校は阿呆ばっかりだというけれど、この人以上の阿呆を私は知らない。(それでもどんぐりの背比べという言葉があるように、うちのクラスにも、つわもの共が揃っている)
「いい加減うざいです」
そう吐き捨てても笑い続ける男。その男の名を坂本という。三年になってはじめてその男の存在を知った。初対面で突然「好きだ」と迫った坂本に対して、ボディーブローで返したのはつい一ヶ月前の出来事。
「へへ、おりょうちゃんは照れ屋じゃのぉ」
と、その相変わらずのプラス思考はどこから来るのだろう。まったく懲りてない男にもう一発食らわせてから、目的地である屋上へと向かった。



久しぶりに学校に来たはいいもののここには自分の居場所なんてどこにもなかった。教師の視線は皆冷たいものだったし、遠巻きにじろじろと見てくる生徒たちにもいい加減うんざりしていた。それでもうちのクラスはこの学校最強の馬鹿クラスとあってか、こんな私の存在感なんてむしろ薄い方だと思うし、私のことをあんな目で見ない皆のことはいい奴らだと思う。けれど、いい奴らだからこそ壁を感じてしまう。自分は世間一般から見たらおそらく「不良」という区分に入るのだろう。学校の外ではそういった奴らとつるんでいる。物を盗んだり、人を殴ったり、たぶんいずれ捕まってしまうんだろうなと思うくらいにはいろいろやった。子供みたいな行動だとは思うが、そこにいるのが一番居心地がよかった。くだらない人間関係に振り回されないのなら、私はどこでもよかった。
授業が終わるまでここで時間をつぶそうと屋上のベンチに腰を下ろす。ここではうるさい教師たちに見つからずに済むから気が楽だ。ポケットから取り出した煙草をくわえて空を見上げた。
「おりょうちゃん!ここにいたんき」
「ちっ、またあんたか…」
どうやって嗅ぎ付けたのか、再び現れた坂本にもうため息すらでない。なんでこんな人間が教師なんだろう。
「あのねぇ、いい加減にして。なんなの?まさか私を更正でもさせるつもり?」
これまで私を更正させようとしてきた熱血教師がいなかった訳ではない。けれどどれも長く続かなかった。結局はみんな口だけだ。こいつもそんな類いの奴らと一緒なのだろうと思った。若干ずれてはいるが。
「更正?何を言うちょる、おりょうちゃんはそれ以上良い子になる必要はないじゃろォ」
「………」
耳を疑うような言葉が飛び込んだ。
「…あんた、私が良い子だって、そう言うの?」
「もちろんそうじゃあ」
さも当然と言うように坂本はそう言い切った。訳がわからない。こいつには脳ミソがないのか。そのヘラヘラした顔に無性に腹がたった。
「あんた、幻想でも見てんの?」
まるで根拠のない言葉に、沸々と怒りが沸いてくる。あんたが私の何を知っていると言うのか。叫ばずにはいられなかった。
「ちゃんと見なよ!」
乱暴で、口が悪くて、卑怯で、人間が嫌いで、それでも一人は寂しいから適当な奴らと適当につるんで、平気で暴力も奮って。
殴ったり蹴ったりはもちろん、骨も歯も折ってやったことは数知れず。無抵抗な人間をこれでもかと痛めつけたことだってある。
「私のこと何にも知らないくせに、勝手なこと言わないで!」
私は今まで犯してきた過ちをすべてさらけ出した。失望してくれたって構わない。これを聞いて、さすがに手に負えないと目の前から消え去ってくれればいいのに。
「私はこんなにも汚い人間なのに…!」
「おりょうちゃんは、良い子じゃよ」
ぽん、と頭の上に重みを感じた。
「人間っちゅう生き物はな、そうやって本当の自分を受け止めることが何より難しいんよ」
「………」
「自分が間違ってるて思うんなら、おりょうちゃんは大丈夫じゃあ」
「………」
「それに友だちが悪く言われんようにみんなと距離を置いちょるって知って、なんて良い子なんじゃって、わしはそう思っての」
「………」
「まあ、ちょっと馬鹿じゃがな」
「………は?」
思わず奴の話に耳を傾けていた私は、最後の言葉で我に返った。顔を上げると、いつものヘラヘラした顔がそこにはある。
「おりょうちゃんは、もうちょっと賢くならんといけんのぅ」
悪びれることもなくあっけらかんとそう言われて私は驚いた。私に向かって真正面からそう言った人間は今までいなかった。
「他にうまいやり方はいくらでもあるき、そう馬鹿正直に生きんでもよか!」
「………」
また馬鹿って言われた。
怒って殴り飛ばてやりたいのに、身体中の力が抜けていく。これがいわゆる呆れ返るというものか。悪態の一つも出てこなかった。
坂本はこれまた馬鹿みたいに大口を開けて笑っている。あんただって馬鹿丸出しだよ馬鹿。
人の良さそうな顔して、そのくせ相当性格が悪い。気がする。これが賢く生きる模範だとすれば、私は御免被りたい。
何も言わない私に何を思ったのか、坂本は突然私の手を引いて歩き出した。
「ちょっと、何すんのよ!」
「次はわしの授業じゃあ!おりょうちゃんにはちょっとでも賢くなってもらわんといけんからのぅ」
「は!?関係ないし!」
「アッハッハッ八!」
奴は私の言葉なんかに聞く耳を持たず、引きずるように私を屋上から連れ出した。
「おりょうちゃん」
「……なに」
「こうしてるとまるでデートみたいじゃのう!」
「んなわけあるかボケ!」
抵抗虚しく、私は馬鹿正直に奴の授業を受けるはめになった。


2012/6/9



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