short story | ナノ

下半身がまだじくじくと痛い。話には聞いていたがこんなにも辛いものだとは思わなかった。私はそのせいもあってなかなか寝付けずにいた。
「後悔してんの?」
隣で眠っていた男の声が、豆電球だけを点けた薄暗い部屋に響く。
「なに?」
わからなくて訪ねると、とん、と軽く眉間を突かれる。
「しわ、できてる」
銀さんも同じく眉間にしわを寄せて、少し不満げにそう呟いた。いや、不満もそうだが不安そうにも見える。する前に散々、従業員の姉に手を出すなんて云々、一回り年下の小娘に云々、ロリコン云々、と悩んでいた男のことだから、また要らぬ心配をしているのだろう。
「そういう銀さんこそ後悔しているんじゃありませんか?私なんかに手を出して」
こういう関係になってもこの口からは憎まれ口しか出てこないのだから不思議なものだ。銀さんは口をへの字に曲げた。
「はなし反らすな、聞いてんのこっち」
ほのかな光に照らされた表情は明らかに不機嫌になっている。私はその強気な口調に少し苛ついた。
「そうね、しているかもしれないわ」
「………」
「だって、結婚まで貞操は守るつもりだったし、初めてはジョニーデップみたいないい男にって決めていたし、ましてやこんなちゃらんぽらんな男に捧げてしまったわけだし、うん、後悔はしてるわ」
それにこんなに痛いものだなんて思わなかったし。途中やめてしまおうと何回思ったことか。
私の言葉を受けて、やはりと言うべきか、銀さんは表情を固く強張らせてしまった。少しだけいい気味だと思う。私だけ苦痛に苦しんでいるなんて不公平だ。
「でもね…」
私は銀さんの頬に触れた。少し冷たかった。
「でも、それ以上に幸せだって思ってしまう自分がいるの」
「……」
「ほんとうよ?」
憎たらしいと思うと同時に、不思議と心はあたたかいもので満ちていた。思い描いていた理想と違っていても、思った以上に身体が辛くても、こうして隣にいることが至上の幸福であるとさえ思えた。
「ねえ、どうしてだと思います?」
挑発するように微笑んでやると、目をまん丸くさせていた銀さんは所在なざけに視線を泳がせた。
「それは、お前、アレだよ…」
あーだとか、うーだとかしばらく唸るが、あまりにも長ったらしいそれにしびれを切らして頬をぎゅっとつねってやると、観念したのか意を決したのかわからないがわざとらしく咳払いをして、まっすぐな視線を私に寄越した。
「…いわゆる、愛ってやつ?」
触れていた手をぎゅっと掴まれる。優しくも力強い掌だった。
「ふふ、愛ですか?」
私は思わずにやけてしまった。その言葉がこの男の口から出てきたことが可笑しかった。
「…笑うな」
「ふ、笑ってませんよ」
「……」
「ふふ」
愛。
なんとなく感じていたものを改めて言葉にすると、心のあたたかさがまたふわふわと広がっていく。
「つーかさ…、そういう可愛いこと急に言わないでくんない…」
可笑しさと嬉しさに笑いを堪える私の耳に、銀さんの小さな声が届いた。最後に付け加えられた「心臓がもたねえ」という言葉に、いよいよ私は声を上げて笑った。


2012/5/16



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