short story | ナノ

「あら、銀さん」
突然現れた男に私は驚いた。銀さんとはさっき会ったばかりで、後は式場で顔を合わせる予定だったからだ。どうせまた下らない話だろうと思った私は、身に纏った白無垢を僅かに翻して見せた。
「似合います?」
「…似合ってるよ」
銀さんは躊躇することなくそう言った。
「………」
「………」
「……随分と今日は素直なんですね、気持ちが悪いわ」
私は準備しておいた掌を解いた。お世辞なんだろうけど、それすら期待してなかったから拍子抜けする。いつもの銀さんなら、猫に小判、馬の耳に念仏、豚に真珠くらいは言ってのけるはずなのに。
「ま、今日くらいは素直にもなるさ」
銀さんは、はにかみながら肩を竦めた。それは私の知らない顔だった。
「俺はさ、お前と会えて本当によかったと思ってる」
「…はい?」
思いがけない言葉が耳に飛び込んだ。驚く私を見て、まあちょっと長くなるが聞いてくれと言って、銀さんは続けた。
「昔いろいろあってな、護ることが怖かった時期があった。二度と重い荷物なんざ持たんと思った。この手は届かないと決めつけて、これ以上大切なものができないよう人を避けてた時があった」
「な、なんですか?急に…」
まるで独白のような言葉をどう受け止めていいのかわからず、わたしはただただ呆けるしかなかった。心底わからない。わからないけれど、銀さんから目が離せなかった。僅かに眉間に皺を寄せて、銀さんは目を伏せた。
「俺がお前達に会ったのは、そんな時だった」
「……」
訳がわからないながらも、言葉の一つひとつが、脳に刻み込まれる。それに込められた意味を必死に探った。聞き逃してはいけないと、心が感じていた。
「初めて会ったとき、どんなに抱えきれない荷物でも、お前は絶対に投げ出さなかったし、自分がどんな目に会おうと、意地でも護ろうとしたよな。なんて馬鹿な奴だと思ったよ。たかが小娘に何ができるんだと思ったが…、お前は最後まで自分を貫いた。どんなに苦しくったって、押し潰されそうになったって、お前は前を向いていた。正直、…胸を打たれたよ」
「………」
「いつか、礼を言おうと思ってた」
「…礼、って?」
「抱えきれない荷物を持つのが怖かった俺に、護る勇気を与えてくれた。もう一度、ここから初めてみようと思えた。今、目の前にいるお前が、情けなかった俺の背中を押してくれたんだ」
「………」
「ありがとう」
まるで人が変わってしまったようだった。私の知っている銀さんはこんな人じゃない。もっとだらしなくて、ひねくれてて、頑固で、どうしようもない人だった。
「…まるで、今生の別れのような物言いですね」
「いや、そういうんじゃねえけど…もう俺が護ってやらなくてもよくなったからな」
「……え?」
「と言っても、お前は全くそんな隙を与えてくれなかったけど…」
銀さんは情けない顔で頭を掻いた。
「いざとなったらどんな目に会ってでもお前を護ってやるつもりでいたが…それも今日で仕舞いだ。これからは、お前の旦那が、お前を一番に護ってくれる」
「……」
「だから、幸せになれよ」
「……っ」
真っ直ぐな視線にいろんなものが込み上げた。
もちろん今までどおり新八も神楽もついている。俺だっている。それは変わらねぇ。息が詰まって言葉が出ない私に向かって、そう銀さんは付け加えた。
「安心して嫁にいけ」
力強い言葉に、ただただ頷くことしか出来なかった。次第に熱くなった目頭から涙が滲む。
あの、ぶっきらぼうで天の邪鬼な言動には、彼なりの優しさや思いやりが込められていた。その深い想いに胸が軋む。銀さんと出逢って救われたのは私の方だ。銀さんと出逢っていなければ、私は間違った道を歩んでいた。きっと新ちゃんも泣かせていた。だれも幸せになんかなれなかった。
「銀さんのくせに…、泣かせないでよ」
銀さんと出逢えてよかった。心の底からそう思う。
私を支えてくれた。見守ってくれた。時には道を正してくれた。
今までも、これからも、銀さんはずっと私の大切な人だ。
「まあ、あと一つ、俺から言えることは、せっかく見つけた旦那を逃がさねェようにってことだな。お前なんかを貰ってくれる人間なんざ貴重過ぎて滅多にお目にかかれねぇんだから、暴力も暗黒物質もほどほどにグハァ…ッ!」
「一言余計です」
思わず右拳を固めてその顎に命中させた。銀さんは音を立てて床に倒れる。すっかり伸びきってしまった男を見下ろしながら私は濡れた頬を拭った。
「最後の最後まで…馬鹿な男」
やっぱりどこまでも不器用な男に、私は笑みを漏らさずにはいられなかった。


2011/7/15



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