short story | ナノ

「お嬢さん、こんな所でなにやってんの?」
後ろから聞こえた声に私は振り返った。
髪の白い男の人が背後に立っていた。
「おじさん、誰?」
見たことない男の人だった。
私は少しだけ怖くなった。
「俺のことは、まぁどうでもいいが、女の子がこんな時間にこんな所にいちゃあ危ないだろう」
男の人はそう言って、私の背丈に合わせるようにしゃがみこんだ。
濁ってはいるけど、その目はとても穏やかに感じた。
怪しい人じゃないみたいでほっとする。
「家に帰らなくていいのか?」
おじさんはそう言った。
家、という言葉を聞いた途端、鼻の奥がつんと痛くなった。
「…帰れないの」
私だって帰れるものなら早く帰りたかった。
「そりゃまたどうして?」
おじさんは不思議そうに首を傾げた。
「だって、私、化け物なんだもの!」
「…化け物?」
おじさんが聞き返すので、私はこくりと頷いた。
「…俺にゃ普通のかわいらしいお嬢さんにしか見えないけどなぁ」
なにも知らないおじさんは、呑気な顔でそう言った。
「違う、だってみんな言うもの、私のこと気持ち悪いって」
「どうして?」
「…だって私、死んじゃった人が見えるみたいなんだもの」
「死んだ人?」
「うん、死んだはずの友達のおばあちゃんが見えたり、私だけに見える人がいたりするの。みんな見えないのに私だけ見えるの。だから化け物なんだって」
「……」
おじさんは何も言わなくなった。
やっぱり言わなきゃよかったと私は思った。
「おじさんも気持ち悪いって思うでしょ」
私がそう言うと、おじさんはふと顔を上げた。
「いいや、すげえとは思うが」
おじさんはそう言って下を向いてしまった。
「俺も昔、化け物なんて言われたことがあったなあって思って」
「おじさんも?」
「ああ」
「どうして?」
私が聞くと、おじさんは唸りながら頭をぼりぼりと掻いた。
「ん〜…俺はさ、昔戦争に参加してたんだよ」
「戦争…」
「お嬢さんにはわかんねぇかも知れねえけど、そういう時代があったんだ」
「知ってるよ、先生が言っていたわ。たくさんの人が死んだんでしょう?」
私の言葉におじさんはゆっくりと頷いた。
とても悲しそうな表情だった。
「そう、たくさんの人が死んだ。俺もたくさんの血を浴びた…たくさんたくさん殺した…そうしてるうちにいつの間にか化け物なんて言われるようになっちまってな…」
おじさんはとても悲しそうだった。
私はその場面を想像しようとしたけどできなかった。
だって死んでしまった人そのものを見たことは今までなかったから。
「俺が怖いか?」
そう言ったおじさんに向かって、私は首をめいいっぱい横に振った。
だって全然怖くない。
変なおじさんだとは思うけど、今私の前にいるおじさんはただの普通の人だった。
「けど俺は、化け物とか言われても悲しくはなかったな。俺にはわかってくれる人がいたから」
おじさんは優しい顔をした。
「わかってくれる人…」
その言葉を聞いたら私はとても家に帰りたくなった。
私にだっている。
わかってくれる人。
「…お家に帰りたい」
ふとお母さんの顔が浮かんだ。
おじさんは私の顔を覗いて微笑んだあと、よっこらせと言って立ち上がった。
送るよ、とだけ言ってそれ以上は何も聞いてこなかった。
不思議な人だな、と思った。
夕日はもうほとんど沈んでいて薄暗かった。
おじさんは私のすぐ横で、私の歩幅に合わせながら歩いてくれた。
それからしばらくすると、おじさんはある建物の前で立ち止まった。
「ここ、おじさんの家?」
おじさんに聞くと、おじさんは、ああとだけ言ってその建物をじっと見ていた。
それを見て私はおじさんも早くお家に帰りたいのかなと思った。
「私ここまででいいよ、お家もうすぐそこだし」
「…いいや、最後まで送るよ」
そう言ったおじさんはどうしてか悲しそうだった。
「…お家の人と喧嘩でもしたの?」
私がそう聞くとおじさんは眉毛をへにゃりと下げた。
「そういうんじゃないけど、まあいろいろあってな…」
おじさんはぽりぽりと頬を掻いた。
なにか帰れない理由があるみたいだった。
「おじさんには迷惑かけたし、なんか私にできることあったらやるよ」
そう言ったらおじさんは少し困った顔をしながら笑った。




「すいませーん」
「はーい」
建物の中にはいると、すぐに眼鏡をかけた若い男の人が走って来た。
この人がおじさんの家族なのかなと思ったけど顔は全然似てなかった。
「あの、私、伝言を頼まれて…」
「伝言?」
「頭の白いおじさんから…さかたぎんときさんから」
そう言うと眼鏡の人は固まって動かなくなった。
「どうしたアルカ新八」
後ろから私より少しだけお姉さんっぽい女の子もやって来た。
この人もおじさんとは全く似てなかった。
「あの、さかたぎんときさんから伝言です」
そう言うとお姉さんも動かなくなった。
どうしたんだろうと思った。
私は恐る恐る預かった言葉を話した。
「あの、おじさんは、『おめぇら、風邪ひくんじゃねえぞ』って言ってました」
私がそう言うと二人は目をまん丸くさせた。
言ってはいけないことを言ってしまったのかなと思うくらい、二人の様子はおかしかった。
「じゃあ、私はこれで…」
少し怖くなったので、私は早く戻ろうと後ろを向いた。
「あ、待って…!」
眼鏡の人が私を呼び止めた。
チャイナ服のお姉さんは私の肩を掴んで言った。
「どこで銀ちゃんに会ったアルカ!?」
「え…?そこの、公園で…」
「そんなはずないネ!」
「神楽ちゃん!」
眼鏡のお兄さんはお姉さんの身体を掴んだ。
お姉さんは、はっと顔を上げた。
「ごめんアル…」
私の肩を撫でながらお姉さんはそう言った。
「僕たちは、ちゃんと銀さんを見送ったんだから…」
「うん…」
お兄さんはしゃがみこんで私の目を見て言った。
「もう一回、言ってもらっていいかな?」
「…うん」
私は頷いた。
「おめぇら、風邪ひくんじゃねえぞ」
私が言い終わると、二人は顔を見合わせていた。
「あの天パ、ばっかじゃないアルカ…!」
「本当に、もっと気の効いたこと言えないんですかねあの人」
二人は怒っているように見えるし笑っているようにも見えるし、どうしてか泣いているようにも見えた。
二人を見て、私は薄々おじさんの正体に気付いた。
それと同時に私はとても不思議に思った。
二人は全然私のことを冷たい目で見てこなかった。




「なんか騙したみたいで悪かったな」
戻るとおじさんは決まりが悪そうにそう言った。
「ううん」
少しだけ驚いたけど、嫌な気分にはならなかった。
「おじさんの家、あったかいね」
私がそう言うとおじさんはぽんと私の頭に手を乗せた。
やっぱり重さは全然感じなかった。
「ありがとうって、言われたよ」
「…そうか」
おじさんもあの二人と同じで少しだけ泣きそうな顔だった。
「じゃあ、俺からも…」
おじさんは真っ直ぐ私を見た。
「ありがとう」
そう言ったおじさんの表情は、それはとても優しいものだった。
言われた私は心臓がくすぐったくなった。
この力が誰かの役に立つ時がくるなんて思いもよらなかった。
突然照れくさくなって私は俯いてしまった。
おじさんもただ黙っていた。
そのまま無言でおじさんは家まで着いてきてくれた。
「じゃあな」
「ばいばい、おじさん」
手を大きく振っておじさんを見送る。
既にほとんど暗くなっていた空のなかにおじさんの姿は消えていった。
私は急いで家の中へ入った。
今日あったことをお母さんに早く話したかった。
不思議なおじさんに会ったこと、気味悪がられていたこの力がはじめて誰かの役にたったこと。
もう一度だけ振り返ると、やっぱりおじさんの姿はなかった。
けれど夜の空に浮かぶ月の光が、いつもよりとても綺麗に見えた。


2011/12/8



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