short story | ナノ

夜、どうしようもないくらいの寂しさが募ると、私は新ちゃんの部屋の扉を叩いた。
私を迎えた新ちゃんは、神様みたいに穏やかに笑ったあと、優しく私を抱きすくめた。
そして新ちゃんの匂いがする布団の中で、寂しさを溶かすような暖かい掌に包まれながら私は眠りに落ちる。
それは悲しみを祓う儀式のようなものだった。
同じように新ちゃんが私の部屋の扉を叩くと、私も新ちゃんに同じことをしてあげる。
たった二人っきりの家族になってしまってから、私たちはこうやって互いの寂しさを埋めてきた。
今思えばこれは必然なのだと思う。
側にいて欲しい時、いつだって隣にいてくれた。
私を迎え入れてくれた。
たった二人で生きてきたのだ。
これが常識から逸脱した感情だという自覚はある。
だからこそずっと秘めていた想いなのに、女とは醜い生き物だ。
一生手放したくないと願ってしまった。

ある日の夜、私は弟の部屋にいた。
弟の震える掌に自分の掌を重ね合わせる。
目の前にある戸惑った瞳は、不安定に揺れながらも律儀に私を映しこんでいた。
「姉上、駄目です…」
新ちゃんは困り果てた顔をした。
眉尻を垂れ下げて震える声でそう言った。
けれど重なった私の手を振りほどこうとはしなかった。
「いやよ」
私は新ちゃんの熱い息がかかる距離まで詰め寄る。
「新ちゃんさえいてくれれば、私は何もいらないの」
じっと新ちゃんを見つめて言う。
新ちゃんは息を詰まらせて泣きそうな顔をした。
良心の呵責を感じないといえば嘘になる。
けれども自制できない。
重ねた掌に力を込めながら、私は弟の唇と自分のそれを触れ合わせた。
「姉上…!」
人生最初の口づけがまさか弟だなんて、父も母も青ざめるに違いない。
いけないことだとわかっていても、無知で浅はかな私は他に繋ぎ止める方法を知らなかった。
弟が誰かのものになってしまうのが堪らなく嫌だった。
私は弟の着物に手をかけて首筋に舌を這わせた。
嗅ぎなれている弟の匂いは日だまりの中にいるかのような心地よさがあった。
私がしようとしていることを悟ったのだろう。
新ちゃんは戸惑いながらも逃れるように身を引いた。
「やめてください…」
精一杯の拒絶の言葉はまるで泣きそうな声だった。
まだまだ小さかった頃、新ちゃんはよく泣く子どもだった。
転んでは泣き、叱られては泣き、夜になっては泣いた。
不意にあの頃の新ちゃんが甦り、たちまち罪悪感に絡めとられる。
「僕は…」
今にも消え入りそうな声で新ちゃんは答えた。
あの頃より低くなってしまった弟の声は時間の経過を物語る。
「…僕は、ずっと前に諦めたんです」
揺れる瞳がそう言った。
新ちゃんは何をとは言わなかったが、そんなもの聞かなくたって私にはわかっている。
沸き上がる罪悪感を圧し殺して、私は新ちゃんの頬に触れた。
「知ってるわ」
新ちゃんはある日を境にそれを奥底に隠してしまった。
私はそれが寂しくて寂しくて堪らなくなった。
大人になるということは、諦めることを知ることだ。
いつの間にか大人になってしまった弟に、私の心は砕けそうになった。
自分一人だけ取り残されてしまう気がした。
「…後戻りできなくなります」
自分の中の何かを圧し殺すかのような、細い声で新ちゃんは言った。
「私はするつもりはないの」
ずっと側にいて欲しい。
互いに想い合いながら、互いの気持ちに気付きながら、これからもままごとのような日常を送っていくことの方がなにより辛かった。
「好きよ…大好き」
新ちゃんのかさかさに渇いた唇にもう一度口づけた。
いつからこんなにも嫌な女になってしまったのだろう。
弟は絶対に私を拒絶しないことを知っている。
知っていながら弟の雄の部分を引き出そうとしている。
一切の光が差さない世界へ共に堕ちようとしている。
私の弱さに気付いただろう弟は、それまで揺らめかせていた瞳を静かに止めた。
「ずるい人ですね…」
新ちゃんは困った顔のまま少しだけ笑った。
それは私の好きな顔だった。
新ちゃんはいつだって私のわがままをきいてくれる。
どんなに意見が食い違ったって絶対に私を裏切らなかった。
重なった掌をほどいた新ちゃんは、今度はそれを私の背中へと回した。
心の隙間を埋めあうように抱き締めあう。
新ちゃんの言葉に罪悪感が再び顔をだす。
私はせっかく弟が隠していたそれを無情にも暴いてしまった。
私が大人に成りきれないばかりに、せっかく大人になった弟を引き戻らせてしまった。
そして私たちは深い口づけを交わした。

衣を脱ぎ生まれ落ちたままの姿になる。
幼い頃はそんなに違いのなかった私たちの身体は、こうして十数年の時を経た今、まったく違うものに変化してしまった。
男になってしまった弟の体は骨張り堅くなっている。
私の身体は新ちゃんとは逆で丸くなり柔らかい。
「鼓動が早いわ」
胸の中でそう呟くと「…あたり前です」と弟の照れた声が聞こえた。
これから行う行為によって、いよいよあとには引けなくなる。
「本当にいいんですか?」
躊躇うような声に私は答えた。
「今更それは無しよ」
引きずり込んだのは私の方だ。
後悔はしない。
新ちゃんは私の言葉に頷いた。

互いに不慣れな行為だ。
他人から見たら随分と必死で無様だろう。
それでも止めることなんて出来ない。
私たちは未知の世界へ飛び込む覚悟を決めたのだから。
薄暗い部屋で熱い吐息が絡み合う。
自分にはないものに触れ、また私にしかないものに触れられる。
それはまるで違いを確かめ合うようだと思った。
新ちゃんの匂いが染み込んだ布団はいつだって私の悲しみを吸い込んでくれたが、今回ばかりはそうもいかなかった。
どういう訳か肌に触れる度に悲しみが募る。
終始心配そうな目で私を見る弟に、私の目頭は熱くなるばかりだ。
「新ちゃん…ごめんね」
身体が繋がった瞬間にでたのは、この場には相応しくない謝罪の言葉だった。
腹を括ったはずだったのに、それは無意識のうちに出てしまった。
不毛な行為であることは百も承知である。
姉弟である私達では、子を成すことなんて出来はしない。
こんな行為に意味を求める方がおかしい。
それでも求めてしまうのは、新ちゃんは私の唯一だからだ。
不意に涙が零れた。
「痛いですか…?」
心配するような焦った声が降り注ぐ。
その言葉に私は心臓を鷲掴まれたようにぎゅっと胸が痛くなった。
心優しい弟はこんな姉にまで優しい言葉をかけてくれる。
己の身勝手な欲望の為に、最愛の弟すら道連れにしてしまった私なのに。
止めどなく涙が溢れでる。
醜い願望に捕らわれた私を新ちゃんはその心で受け止めてくれた。
それが何より愛しくもあが、同時に悲しくもあった。
私は首を横に振る。
「…とても嬉しいの」
痛みなんてどうだっていい。
今目の前に新ちゃんがいる。
それは何物にも替えがたい幸福なことだ。
私が求めるように手を伸ばすと、新ちゃんはそれに応えるように私を抱き締めた。
少し汗ばみ熱くなった互いの身体で隙間を埋める。
耳元で新ちゃんの優しい声が聞こえた。
「…愛しています」
その言葉にまた私は泣いた。
「私もよ…」
幸福感と罪悪感の入り交じった言い様のない感情を抱えたまま、私たちは愛し合う。
まるで出口のない迷路に迷い込んだ幼子のようだと思った。
私たちには行き着く先なんてない。
健やかなる時も病める時も今まで通り手を取り合って生きていく。
今更、弟の未来を奪ってしまったと嘆く資格なんて私にはない。
それでも最後まで私の涙は止まる事はせず、何かを吐き出すように、ただただ流れ落ちていくだけだった。


2011/10/21



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