short story | ナノ

繁華街から少し離れた人通りの少ない道を沖田は歩いていた。
見回りの隊列から一人抜け出すのはいつものこと。
心地よい日差しに目を細める。
春というには少しばかり早いが、厳しい冬の寒さはとうに越した。
目指すは川原に添って伸びる並木道。
新緑というにはまだ鮮やかさに欠ける木々の間を、これから時間をかけて少しずつ開いていく薄紅の花を思いながら歩くのが日課となっていた。
段々と濃くなっていく春の気配。
足どりも自然と軽くなる。
角を曲がると、ふと一人の女性に目が留まった。
「あら、沖田さん」
浅黄色の着物をまとった女、志村妙がそこにいた。
買い物途中であろう彼女は手提げ袋を抱えながら微笑んだ。
「こんにちは」
「こんちわ」
「見回りですか?」
「そんなとこでさァ」
無難な挨拶を交わす。
けれど、ただそう答えただけなのに、彼女は何が面白いのかくすくすと笑いはじめた。
「……?」
どうしたというのだ。
顔に何か付いてるだろうか。
沖田は思わず顔を撫でる。
しかし彼女がこんなに笑うのは珍しい。
いやそんな頻繁に顔は合わせないけれど、それでも珍しいと思う。
「また嘘ばっかり」
笑いを含んだ声で言う。
「…嘘?」
言っている意図が掴めない。
「あなた見回りを抜けてきたんでしょう?」
「抜ける?そんな馬鹿な。こんな真面目な青年を捕まえて何をおっしゃるお嬢さん」
「そんなことを言っても無駄ですよ、ちゃんと証言があるんです」
「証言?」
ああなんか見えてきた。
「だって、さっきそこでご立腹な土方さんに会いましたもの」
「………」
そうか、なるほど。
こりゃあ一杯喰わされた。
「…姐さんも人がわりィ」
「沖田さんほどじゃないですよ」
そう切り返した彼女は
「けどその気持ちわかります。特に今日みたいな日は」
そう言うと狭い道の真ん中でちらりと空を仰いだ。
「…」
ああ、と沖田は思った。
あたたかくも柔らかに射す陽光とそれに照らされた彼女。
ああ、なんと。
これはいけない。
この瞬間、醜いものなんてどこにもないような気さえする。
春が来た、と思った。

それからしばらく二人無言。
共に道を歩いてゆく。
「…姐さん」
俺がここに居たってことは内緒にしといてくだせェ。
そう口を開きかけた時だった。
平和な時間というものはいとも簡単に途切れるものだ。
ささやかに凪ぐ風に乗って不穏な気配が流れこんだ。
「…」
「沖田さん?」
その時。
荒々しい怒鳴り声と共に物騒な輩が押し寄せる。
「真撰組一番隊隊長、沖田総悟殿とお見受けする」
「貴様等に奪われた仲間の命、今ここで償ってもらおう」
鋭利に光る得物をギラつかせながら男達は叫んだ。
迂闊だった。
気をつけていたつもりだったが、油断していたのだろう。
「すいやせん姐さん、巻き込むつもりはなかったんですが…」
じりじりと寄ってくる攘夷浪士から荒い息が聞こえる。
彼女を背に隠し、道の端に寄りながら間合いを取っていると、不意に彼女が口を開いた。
「正直言いますと、今けっこう楽しいんです」
「…は?」
背中から聞こえてきた声に驚嘆する。
胆の座った御人だとは思っていたが、さすがに楽しんでると言われてしまっては返す言葉がない。
呆けている沖田をみて妙は、
「だってまるで私、お姫様みたいじゃないですか」
そう微笑みながら言った。
…なるほど。
これはこれは意外なことに、どうやら彼女はまるで少女のようなメルヘン思考をお持ちのようだ。
それを聞いて思わず口許が緩む。
「それじゃあ俺は、暴漢に襲われているお姫様を華麗に助けに来た王子様、ってところですかィ?」
「ふふっ、がんばってください王子様」
彼女は柔らかに笑って言った。
そういえば初めて会ったときも、まるで春のように笑う人だと思った。
自らの得物に手を伸ばす。
殺気立った浪士たちの緊張が伝わる。
姐さんの顔を覚えられでもしたら後々厄介だ。
すべて片付けるしかない。
こりゃ気が抜けねェなあ。
不思議と体に力が入る。
ほのかに香るぬくもりを背中に感じながら沖田は言った。
「お安い御用でさァ、姫」
その命、必ずこの手で護ってご覧にいれましょう。
誓いを立てた騎士のように、沖田は刀を振り抜いた。


2010/12/12



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