*第六章 あの町で舞い込んだ報せは
何事もなく張宏までやって来た一行は、ぐるりと中心地を見渡した。
いつか来た時は流行り病のお陰で人っ子一人いなかったのに、今は何人もの町人が行き交っている。まるで違う場所のようだ。
「さてと!どっから回る?」
「せやなぁ、とりあえずあいつの隠れ家やった家に行ってみるか?」
「そうだな……、他に大した手掛かりないのだ」
両側が民家が立ち並ぶ広い通りを歩き、町外れを目指す。
その時、民家のひとつからひょっこり出てきた中年の男が、馬上の彼らを見るなり目を丸くしていた。
「……あ、」
「あーっ!お前、あん時のヤブ医者やん!」
翼宿が手綱を握りしめて喚くのを「過ぎたことだ」と宥め、井宿は軽く会釈をする。
向こうも覚えていたのか会釈を返してゆっくりこちらに歩み寄り、それからまじまじと雪を見ていた。
「あの、なにか?」
「いや、その娘って例の流行り病にかかったお嬢さんだろ?よくもまぁ生きてるもんだと思ってな」
「……危ないところを、妙寿安が救ってくれたのだ」
「妙寿安?――ああ、あの奇跡の医者か」
そう呟いて、視線を他所へ飛ばしながらこげ茶色の顎髭を指先で撫でた。普通の人間からすれば確かに他に言いようがないだろうが、"奇跡の医者"呼ばわりなど、軫宿が聞いたらちょっと嫌がるだろうなと井宿は思った。
「なにぃ?おじさん、知ってんの?」
「ああ。二年くらい前に一度ふらっと戻ってきたらしくて、俺も何度か見掛けたな」
「それで今、彼は何処に?」
「今ぁ? 知らんどころか……去年の夏に起きた大火事の救護中に死んじまったよ」
「死……っ、」
全員が一様に声を詰まらせ、医者を見つめる。まさか。軫宿が死んだ?随分たちの悪い冗談だ。
「おい……担ぐなよオッサン。ヤブ医者の言う事なんざ、もう信用せえへんで」
「信じないならそれでもいいけどよ、そんなつまらん嘘ついたって仕方ないだろ。死に目を見た訳じゃないが俺もあの時、救護に加わってたんだ。事実、あれからとんと見かけねえ」
「嘘……」
あまりの脱力感、喪失感。雪は井宿の体に頭を預け、ぐっと息を噛み殺していた。
軫宿がもう死んでいる、だなんて……。井宿の思いも、雪が呟いた言葉も、全く同じだ。
「雪、大丈夫。落ち着くのだ」
努めて出した穏やかな声にただ一度頷く気配で、井宿は医者に礼を述べて馬を進めた。
これ以上、話すこともない。
「おい、どないすんねん」
「ねえ。一先ず馬を降りて休憩しない?このままじゃ落ち着かないわ」
「それがいい、このまま考え事なんてしていたら、尻から頭まで凝り固まってしまいそうなのだ」
しばし無言のまま進むこと数分、目に入った一軒の茶店前に馬を繋いでぞろぞろと入店した。
雪は口数も少なくただ青ざめて、突然知らされた軫宿の訃報に戸惑っているようだ。無理もない、井宿達も表に出さぬよう振る舞うのは大変なのだから。
「どうしよう、軫宿がいないと……何もできない」
湯飲みを握る指先が小さく震えているのを見て、井宿は頭を軽く撫でた後で立ち上がる。そばにいてやりたいのは山々だが、先にやっておくことがあった。
「宮殿と連絡を……ちょっと外へ出てくる」
「はいはい。気を付けなさいよ」
頬杖をついたままの柳宿の声に頷いて、井宿はひとり店を出ていった。