第十一章 君に焦がれて燃え尽きた

「うーっ!」

少しの隙をついて、雪はうつ伏せに体をねじっていた。制服がほとんど脱げていて、両の肩は完全にあらわになっている。

暴れてしまったお陰で、スカートもぐちゃぐちゃだ。それにしてもなんて力が強いんだろうか、彼が普段どれだけ加減して雪に接しているのか分かる。

「往生際悪いな、疲れるやろ」

「翼宿こそ……!」

「この期に及んで、まだ強がる気ぃか?」

不愉快そうな、無理矢理出した笑い声に身震いする。これは本当に翼宿なのか?偽物じゃないのか?少なくとも雪が知っている翼宿という男は、こんな人間ではなかった。

「そんなんじゃない。そんなんじゃ……とにかく落ち着いて。ねえ、なんでこんなたちの悪いからかい方するの?さすがにここまでしたら冗談じゃ済まないよ!?」

「からかっとらんし、冗談でもない。分からんやっちゃな、お前。つーか、分からん"ふり"しとるやろ」

頭のすぐ横についた手が、布団を握る。ぎちぎちと布が絞れる音がして、相当な力が入っていることを雪は悟っていた。

「……う」

次の瞬間には視界が反転し、仰向けに戻されてしまった。

ある程度距離を保って向き合っていたのはほんの僅かで、硬直している間にゆっくり倒した体が密着する。酒の匂いと、髪からほのかな石鹸の香り。耳元にかかる熱っぽい息がやけにくすぐったかった。

「なぁ、お前さっき"自分だけ見て欲しい"て言うたよな」

「……それが、どうしたの?」

「俺なら、そうしたるで」

これは、口説き文句なのだろうか?

「翼宿、飲みすぎ!怒るよ、怒るよ……!もうほんとにっ、」

無防備に宙をさ迷っていた両手を捕まえて、翼宿が口付けを落としてきた。

「……っ!?」

唇を割った舌が、深く深く求めてくる。逃げることも許されず、かといって噛みつく気にはなれない。されるがままの息苦しさに、涙が一筋こぼれた。

「は……っ、」

「言っとくけどな……俺も男なんやで? 今のその顔でさえ、ええと思うてしまうんや」

目元の涙を拭う親指はとても優しいのに、押さえ込むもう片方の手は異常に力強かった。

今ここで叫び声をあげたら、攻児が来て「なにしてんねん、阿呆!」と翼宿の頭を叩いたりしてくれるだろうか?

「何を考えとるか知らんけど」

また愛しげに、指が唇を撫でた。

「おとなしく、俺だけを見とけ。悪いようにはせえへん。嫌な事は全部忘れさしたる。せやから、」

「……っ!や、やめ……」

「せやから、お前もっ……」

半ば怒鳴って、拒絶の言葉を遮る。雪だって、自身が何か言う度に彼が傷つくのは分かっていた。

「俺だけ、見てくれや」

その切ない呻き声に、鼓動が早まる。

上手く声が出せない。もっとも、「助けて」と叫ぶのはなにか違う気がする。

翼宿の手が、残ったボタンに触れた。これが外れてしまったら、もう頼れるものはほとんどない。

「ちょっ、や……!」

瞬間、けたたましい音と共に部屋が明るく照らされる。目が眩み、体を縮めた雪の耳に飛び込んできたのは――待ち遠しかった男の声だった。






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