第十章 満身創痍でも、

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「……? あの。何か、すこし騒々しくありませんか?陛下」

星宿と共に執務室にこもっていた張宿が、険しい表情で眉をひそめる。次いで耳を澄ませた様子の星宿の端正な眉が、一瞬だけ動いた。

「ああ。そう言われれば確かに、何だか妙だな」

「何処からでしょう。僕、見てきます」

あまり躊躇うことなく廊下に出て、張宿が右左に耳を澄ます。少し遠くて確信は持てないのだが、どうやら七星士の寝室がある方角が怪しい様子だ。

「どうだ?張宿」

「よく分からないですね……。行ってみます」

「ああ待て。一人では危険だ、私も行こう」

しんと静まり返った廊下。進んでいくごとに、物音がはっきりしてくる。ただし、特に声などは聞こえてこない。

「本当に妙だな」

「ええ……それに、なにかとても陰気な気配が」

二人は角を曲がり、ずらりと並んだ部屋を見渡す。

「井宿さんの部屋――?」

呟いた瞬間、どんと扉の内側でなにかがぶつかるような音がして、それは確信に変わった。

明らかにただごとではない。何故なら彼は、今も寝込んでいるはずなのだ。

「井宿!何事だ!」

「――星宿様……!?」

たまらず星宿が蹴破った扉の向こうには、雪を床に組み伏せる井宿の姿があった。二人とも闇雲に暴れ回った後のように、服も髪も乱れきっている。

「な、何だこれはっ……!」

間違っても、彼はそんな事をする男ではないのに。軽い混乱をみせ、星宿は踏み出した足を止める。

「陛下、あれは雪さんじゃ……」

「…………。化け物か何かか?ついに来たな、このような場所にまで」

「そ……そうだ、星宿様!その神剣を……っ」

うつ伏せに組み敷いた雪の背中を手のひらで押さえ、何やら唱えていた井宿が、急に思い付いたように声をあげる。

「なにっ!?」

「そろそろ持ちませんのだ、早く……!」

脂汗をかいた顔と苦しげな声に、星宿は急いで剣を抜いた。しかし――どうしていいやら、とまごついてしまう。焦ってはいけないと思えば思うほど、体がすくんでいった。

「星宿様、なにか異様な雰囲気を感じます。もしかしたら、体は雪さんなのかも……中身だけ、追い払う事は?」

「わっ、私にそんなことが出来るものか!?無茶苦茶だ!」

張宿が息を飲む。はっきり「出来ます」とは言えないからだろう。

「しかし、恐らくもう……!」

「くっ……やるしかないのか!化け物め!」

半ばやけくそのように、星宿が跳躍した。

太一君が授けた神剣は、これまで何度か仲間達を救ってきた。今回もそうあれと、ありったけの気を込めていく。張宿も、井宿もそれは同じだった。

「今です!」

苦しげに身じろぎした雪の体が跳ね、井宿が後ろに尻餅をつく。今の今まで彼が乗っていたその場所に、刃が食い込んだ。

瞬間、思わず星宿も張宿も目を伏せたが――不思議と、人を刺している感覚はない。

代わりに聞こえてきたのは、この世のものとは思えぬほどの断末魔だ。

「……っ、」

まばゆい光が辺りを支配し、すっと消えた。

それから井宿、張宿、星宿の順で瞼を開く。もっとも井宿以外は、かなり恐る恐るであったが。

「……な、んだったんだ」

なんの説明もないままに、横たわった人間の背に刃を突き立て――。しかし、切っ先は背中の上に乗ったぼろぼろの呪符のようなものを突いているだけだった。ぐったりと横たわった女も、雪ではない。給仕の娘だ。

慌てて剣を引き上げ、星宿もどっと尻餅をつく。神剣が床に転がる鈍い音のあとで、あがった息をようやく整える。

「ち……井宿、説明してくれ」

「は、話せば長く……なるのですが、」

息も絶え絶え、井宿はそこまで言って急に青ざめ――結局何か語り出すことはなく、扉の方へと駆け出していってしまった。


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