*ちっぽけな手のひらを、そっと包んでくれたから
「――お。秋だなぁ」
近頃、だいぶ寒くなり始めた。バイト帰りに何気なく通った銀杏並木も黄色く染まり、夜の町でそこだけきらきら輝いているように見える。
たまにすれ違う人々は誰も頭上など見ていない。ただ足早に帰路につく者ばかりだ。かくいう雪も、紅南に行くより前は同じようなものだったのだが。
一日たりとも忘れたことはない、あの美しい栄陽の町並み、宮殿、一緒に歩んだ仲間達。車の音も僅かなこの場所にいると、少しだけ懐かしくなる。
「綺麗だけど……、やっぱり紅南の景色には敵わないかな」
もうすぐこの銀杏並木も終わり、アスファルトと排気ガスばかりの大通りに出る。紅南を思い起こせるものなどひとつもない場所に。
賑やかな場所は、逆に寂しくなる。
名残惜しげに歩幅を狭めた雪の目の前を、銀杏の葉がひらひらと落ちていく。
――いや、違う。
「……あれ?」
確かに銀杏も落ちてきたが、足元には橙色の、大ぶりで綺麗な紅葉の葉があった。
思わず立ち止まって辺りを見渡すが、紅葉の木などどこにもない。
『此処じゃ道具が揃わないから、綺麗に色を保てるかどうか分かんないけど……』
『だったらまた来年、作り直せばいいのだ。一番綺麗なときを――その時は、オイラも一緒に探してあげるのだ』
『来年も、約束だからね。井宿』
『――必ず、なのだ』
吸い寄せられるように紅葉を拾い上げた瞬間、唐突にフラッシュバックした、紅南でのあの光景。涙が止まらなくなって、雪は葉を握りしめたまま何度も袖で目元をぬぐった。
……怪訝そうに、知らないサラリーマンが隣を通り抜けていく。それでも構わずに、雪はぽつりとこう呟いた。
「約束、守ってくれたんだ。井宿」
一緒に落ちてきた銀杏と、不思議な紅葉を手持ちの手帳に大切に挟み込むと、雪はようやく歩き出した。
⇒あとがき