第十七章 目が回るような世界へ

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気付いたら、ここにいた。

気付いたら、全てが終わっていた。

何かを失った気がするのに、本当に終わっているのか。何かとても大事な事を、見落としてやしないだろうか。

ここにいる自分の存在さえも、今は少し不安定だ。

――自宅のソファに座ってぼんやりしていた雪の背中を、突然誰かが包み込む。

「ひゃっ!?」

心底驚いて、振り返るより先に目を伏せてしまった。

「どうしたのだ?」

「ち、井宿?帰ってたの?びっくりした、いきなり現れたから――」

「玄関からここまで何度も声をかけていたのに、君が気付かなかっただけなのだ」

腕を解いて隣に腰掛け直した井宿が、ふうっと息を洩らして微笑みかける。

「ごめん、へ……くしゅん!」

「寒いのだ?」

「ん、なんかよく分からないけど……昨日から体調あんまりよくないの」

自然に指先が髪へ絡んで、肩に触れて、鼻先が首筋に近付いていく。

首筋へやんわりと触れた唇に目を伏せて、身体がソファに沈むのを感じていた。

「ち……ちょっ、あの……」

「ん?手っ取り早く温めてあげようかと」

冗談っぽい言い方でも、いつものように笑う気になれなかった。

「ねえ、その前に聞いてもいい?」

また正体不明の違和感に襲われて、雪は慌てて井宿の胸を押し返す。怪訝そうに首を傾げる彼にかける言葉は、まだ整理しきれていない。

「あのね。私、あんまりこっちの世界に戻ってきた時の記憶ないの。まだ夢なんじゃないかって」

思ったことをそのままぶつけて、雪は真っ直ぐ井宿を見た。

「馬鹿な事を言うのだな。君は朱雀を呼び出して、もう一度ちゃんと願いを叶えて貰った。だから今、二人でこうしてここにいる」

「で……っ、でも……そんな大事な事、どうしてっ」

流されてはいけない。そんな気がして仕方ない。

何かが、心の奥底で警鐘を鳴らし続ける。大きな声をあげて、井宿の言葉を全て遮りたい気分だ。

「大丈夫、そのうち――」

そう呟いた井宿の声を、雪はそれ以上聞き取ることが出来なかった。まるでテレビの音量を下げていくように、少しずつ声だけが遠く小さくなって消えるのだ。

目を見開き、見慣れたようで違和感にまみれた恋人の姿を、今一度しっかりと見据える。

顔、髪、手。少し現代に染まってはいるが、全てが井宿そのもの。きっとこっちの世界に生まれていたらこんな風なんだろうと、雪が何度か想像したそれとほぼ同じ。

それでも、本能的に感じるものがある。

得体の知れぬ恐怖に、開きかけた唇が震えた。

「貴方は、誰なの……」






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