*第三章 癒しの人
明け方前、張宏に入った一行はほっと胸を撫で下ろしつつ、ひたすら人がいそうな方を目指していた。
「翼宿……ごめん、重いでしょ?」
翼宿の背に負われた雪が、申し訳なさそうに声をあげる。蚊の鳴くような声だった。
「女の一人くらい背負えんで、山賊の頭が勤まるかい、ど阿呆」
ええから余計な心配すんな、と言われて黙った彼女を、井宿や柳宿も心配そうに見つめていた。
途中までは歩けていたのだが、今は熱まで出てどうしようもなくなっている。なにやら弱ってきているようだった。
これは疲労しているせいなのか、それとももっと厄介ななにかなのか……。素人には判断ができない。
「井宿。あたしどっかに宿を取ってくるわ」
「その方がいいのだ、その辺に寝かせるわけにもいかない……、オイラ達は医者をあたってみる。頼んだのだ」
「はいはい。じゃあまた適当な時間に、此処ら辺でね」
柳宿と別れた井宿達は、たまたますれ違った一人の村人の話を頼りにして、医者をしていると言う男の家へたどり着いた。
「あんた達、どっから来た?」
よそ者扱いという程ではないが、髭面の医者は開口一番にそう尋ねてくる。睡眠を妨げた真夜中の訪問者に対して、不満がないといえば嘘になるような微妙な声色だ。
「オイラ達、礪閣山を抜けてきたのだ。そしたら張宏へ入る前に、突然……」
「礪閣山……。じゃあ、あそこを通ってきたわけか」
突然男の表情が曇り、奥の棚から取り出した薬草の袋を寄越して続けた。
「解熱剤はやる。だが、すまんがこのまま帰ってくれ。俺にはどうしようもない」
「はあ?何訳の分からん事を……」
「そのお嬢さんは、今この辺りで見かける流行り病だ。それも元は病魔の類。礪閣山から来る途中で、化け物を見なかったか?」
「っ……。病魔?治せないと言うのだ?」
「俺には無理だ」
きっぱりと言い放たれ、絶望的な気持ちになる。一方で翼宿の方は怒り心頭らしく、顔を真っ赤にして机を叩いた。
「ほな、治せる奴はおらんのか!」
「はあ、妙寿安なら……いや、あいつにもこればかりは無理だろうな。とにかく帰ってくれないか、うつったらかなわんからな」
哀れみと嫌悪の混ざった声をあげ露骨に顔をしかめた医者に、雪が苦笑する。井宿も翼宿も、これにはさすがに気分が悪くなってしまった。
「けっ。何や何や、薮医者め!」
雪を再び背負いながら翼宿が聞こえるように悪態をつき、医者の家をあとにした。
なんだか、死亡宣告でも受けたような気分である。三人を包む空気は非常に重い。
「はー……どないする? 井宿」
「とりあえず柳宿と合流するのだ……。解熱剤は効くかもしれないし、飲ませて休ませてやりたい。それにオイラ達も徹夜状態では、今日はもうその妙寿安とかいう男を探し歩くのも無理なのだぁ」
「せやなぁ……雪、ええか?」
「うん……平気……」
「あんまり平気そうには見えないのだ。早く寝かせてやらないと。何処でもいいから、宿が見つかってるといいけれど」