*第十九章 敵陣の真ん中で
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完全に失敗した。
朝食の盆を持った房宿は立ち尽くしたまま、恐る恐る心宿を見上げる。
「房宿……盗み聞きか?」
「いいえ、たまたま……これを」
聞いていなかったというのは嘘になる。だがそれは単純に、部屋へ入る事が出来ず様子を窺っていただけだ。
「もう起きているぞ」
「あの……」
続きを促すような房宿には耳を貸さず、心宿はそのまま歩き去っていく。
あの娘に何かしたのだろうか? 何故か少し心配になったが、ぐっと盆を握り直して平然と、半開きの扉に手をかけた。
視界の隅、雪は寝台に座ったままで背を丸めていた。悲痛な呻き声が一瞬外に洩れ聞こえていたから、痛め付けられたのは分かる。
「平気?別に毒なんて入ってないし、せっかく持ってきたから何か食べな」
「……房宿」
必死にこらえていたのであろう涙が、今になって雪の瞳を潤ませた。房宿が盆を置いて歩み寄っていく足音に、反射的に目を伏せている。まだ怯えているようだった。
「分かっちゃいるんだと思いたいけど、とにかく心宿には逆らわない方がいい」
「…………」
「言っただろ?分かったらおとなしくしてなって。どうせ、そのうち助けが来るだろ?」
あんたらが勝つか負けるかは別として。と、噛み殺した嗚咽で揺れる頭を軽く撫でるように触れた。
「……っ。房宿は、どうして私に優しくするの?」
「さあね。別に嫌いじゃないからかな。でももしあの時あんたが心宿と寝てたら、分かんなかったかもね」
背を向けて、小さく呟く。ハッタリのつもりではない。北甲国での一件は当然知っている。あの時ばかりは、心宿も彼女に触れることさえかなわなかったと……。ぼんやりとそんな事を考えていた。
愛がなくても、もし何か間違いが起きていたなら。やはり嫉妬心が勝ってしまう。
「え?房宿、あの……まさかなんだけど、」
「……何でもないよ。ただ私はあんた達朱雀が羨ましいだけさ、憎めないっていうか。それだけ。これから先は、心宿が作る流れに従うまでだ」
「房宿……」
「あんたの為に、本気で怒ったり、惜しまずに命を懸けたりする人がいるのよね。……それはすごく、幸せなことだ」
青龍と朱雀、どちらが正義なのか、その答えは出さない。この先も使命に忠実な青龍七星士として生きながら、だが内心ではあくまで中立を貫きたいと思う。
もしも全てが平和に丸く収まる方法があるなら、それに越したことはないけれど。
――勿論口にする事はせず、房宿は黙って部屋を後にした。