*第十六章 願い言は、
*
「……おい、亢宿!」
翼宿が小声で亢宿に囁きかけた。何があったのか全くわからないが、氏宿の様子に違和感を覚えたのだ。
呼びかけに視線だけを寄越したので、促されていると判断してそのまま続ける。
「あいつ、いやに大人しいで」
「多分……術に集中してるんです。あの中の分身の方に、強く意識を……。中の世界の状況が変わったのかもしれない」
「井宿達が危ないかもしれんって事か? くそ、こっちから見りゃあんな隙だらけやのに、動かれへんなんて……!」
目を閉じて手のひらの幻覚に意識を集中させるその姿を、後ろから思いっきり叩きのめしてやりたい。翼宿は自分の状況に舌打ちする。
「……そうだ、幻覚」
ぽつりと聞こえた亢宿の声。それは何かを思い出したような口ぶりだ。
「なんやて?」
その問いに返事はなく、彼は長く息を吐いて無理矢理手を動かしている。拘束が緩んでいるのか、両手の間隔は少しずつ近付いてきた。
そのまま左手の指二本を掴んで、きつく目を閉じる。
「あ……亢宿……っ!?」
翼宿が短い悲鳴をあげた瞬間、亢宿を縛っていたものはすっかり消え失せてしまった。
脂汗をびっしり浮かべた彼の中指と薬指は、あらぬ方向に曲がっている。一体何を考えているのか、気でも触れたかと、さすがの翼宿も声が震えてしまう。
「お、お前……、指折れて……!」
「翼宿さん、"幻覚"です! 僕に任せて……あなたの気だけ、貸してください……!」
苦痛に呻いた後で、亢宿は懐から例の笛を取り出した。
何をするのかまだ理解ができないままの翼宿だったが、今は亢宿の言い分を信じてみようと思ってしまう。
ここまでするのだからきっと、今度こそ裏切る事なんてない。
目を伏せ、言われた通りに意識を集中させた。