第十六章 願い言は、

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「……おい、亢宿!」

翼宿が小声で亢宿に囁きかけた。何があったのか全くわからないが、氏宿の様子に違和感を覚えたのだ。

呼びかけに視線だけを寄越したので、促されていると判断してそのまま続ける。

「あいつ、いやに大人しいで」

「多分……術に集中してるんです。あの中の分身の方に、強く意識を……。中の世界の状況が変わったのかもしれない」

「井宿達が危ないかもしれんって事か? くそ、こっちから見りゃあんな隙だらけやのに、動かれへんなんて……!」

目を閉じて手のひらの幻覚に意識を集中させるその姿を、後ろから思いっきり叩きのめしてやりたい。翼宿は自分の状況に舌打ちする。

「……そうだ、幻覚」

ぽつりと聞こえた亢宿の声。それは何かを思い出したような口ぶりだ。

「なんやて?」

その問いに返事はなく、彼は長く息を吐いて無理矢理手を動かしている。拘束が緩んでいるのか、両手の間隔は少しずつ近付いてきた。

そのまま左手の指二本を掴んで、きつく目を閉じる。

「あ……亢宿……っ!?」

翼宿が短い悲鳴をあげた瞬間、亢宿を縛っていたものはすっかり消え失せてしまった。

脂汗をびっしり浮かべた彼の中指と薬指は、あらぬ方向に曲がっている。一体何を考えているのか、気でも触れたかと、さすがの翼宿も声が震えてしまう。

「お、お前……、指折れて……!」

「翼宿さん、"幻覚"です! 僕に任せて……あなたの気だけ、貸してください……!」

苦痛に呻いた後で、亢宿は懐から例の笛を取り出した。

何をするのかまだ理解ができないままの翼宿だったが、今は亢宿の言い分を信じてみようと思ってしまう。

ここまでするのだからきっと、今度こそ裏切る事なんてない。

目を伏せ、言われた通りに意識を集中させた。






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