いっそ嫌ってくれたらいいのに

雪が寝台に腰掛けたまま、頭を抱えている。先程までは、勢揃いした七星士に囲まれて目を白黒させていた。

「自分の名前は分かるんです。でも、皆さんが仰る事に関しては何にも……」

頭を垂れたまま恐る恐る言う雪に、なすすべもなく顔を見合わせる七星士達。その中に立ち尽くした井宿に至っては、言葉も出ない。

「雪、本当に何も覚えていないのか?」

星宿が腰を折って覗き込むが、雪は視線をやったあとで悲しそうに首を振るだけだ。

「……ごめんなさい」

「本当みたいですね……」

「何ですってええっ!あたしの事も分かんないの!?じゃあこの目つき悪くて派手なのは!?こっちの糸目は!?」

今度は柳宿が、ものすごい勢で指をあちこち動かしながら問うている。彼も相当動揺しついるようで、声の大きささえ制御できていない。

「っ……ご、ごめんなさいいっ」

「あほか!お前、脅かしてどうすんねんっ」

「喚いてるあんたが一番怖いっての!」

「お前ら、こんな所で喧嘩するんじゃねえよっ」

ぎゃあぎゃあと喚き合う翼宿と柳宿を鬼宿が引き剥がして、一発ずつ脳天へ拳骨をお見舞いする。さすがは長男坊だといったところか。

――何故井宿がこんなにも冷静なのか。いや、決して冷静なのではない。彼はただ単に言葉を失っているだけだ。

「井宿、ちょっと」

険しい表情で軫宿が井宿を室外へ促し、壁に凭れながら腕を組んだ。

何かよくない事を言い出しそうでやや身構えてしまう。そんな井宿をじろりと見てから、徐に口を開いた。

「完全に記憶喪失だ。……改めて聞くが、何があったんだ?」

「オイラも、一部始終を見ていたわけでは」

事は今朝の朝食後まで遡る。

食堂から自室に戻る途中の廊下で、先に出ていた筈の雪がばったりと倒れていたのだから、大層驚いた。

駆け寄って見た足元は昨夜降り込んだであろう雨が乾ききっておらず、床についた変な足跡からしても、彼女が足を滑らせたらしい事だけは明らかだったのだが。

「彼女に受け身がとれるとは思えないのだ。頭を打ったかもしれないと思いはしたのだが」

「打ったんだろうな……」

「動かしたのがまずかったか……気をつけたつもりだったのだが」

「いや、他にやむを得んだろう」

そうして、二人で同時にため息をついた。いくら彼でも、記憶喪失までは治してやれないと言う。まあ察しはついていた事なので、今更それで落胆したりはしない。

「情けない話だが、扱った事もない……調べてはみる」

「あ、オイラも……」

「おい井宿、軫宿!何ひそひそやっとんねんっ」

苛々した様子の翼宿が部屋から飛び出して、すぐに軫宿に詰め寄った。

「なあ、あれ何なんや?軫宿、お前ならわかるやろ」

「記憶喪失だ。状況からして、頭を強く打った事に因る……」

「む……難しい話は抜きでええわ」

結論が分かればええ、と目を閉じて頭を掻く。今ので少し落ち着いたようだ。

そんな様子をぼんやりと見た後で、井宿はひとり、部屋を覗き込んだ。

雪は相変わらず状況が分からないとおどおどしていて、年下の張宿に宥められている始末である。

自分は何をすればいいのだろうか。彼女と下手に口をきいて"忘れてしまった"事を確かめてしまったら。――取り乱して役立たずになる自分が目に浮かぶようで、未だ声ひとつかけられない。

「井宿。とりあえず俺は部屋に戻って、何か方法は無いか調べてくる」

「あ……、オイラも手伝うのだ」

「はぁー……難儀やのう」

深いため息と一緒に吐き出された言葉に、井宿も軫宿も苦笑するしかない。どうやら翼宿も事情は理解したようだし、放っておいても彼から全員に今の話は伝わるはずだ。

先に踵を返した軫宿を追って、井宿も歩き出した。






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