きっと瑞雪なんだろう

今年の冬は寒くなるのだ、と彼が言っていたっけ。

紅南でも、すっかり冬が深まってきていた。冷たい外気で鼻を真っ赤にした雪は、木枯らしに目を閉じる。

今は早朝という時間柄もきっとあるのだろう。昼も近くなれば、また少し過ごしやすくはなると思う。

「雪?」

廊下の柵に凭れて外を眺める雪へ、井宿が声をかけた。眠い目をこすりながら、というほど寝ぼけてはいない。寝起きはいい方だし早起きでもあるが、まさか丁度良く起きてくるとは予想外である。

「あ……おはよ」

「おはよう……じゃなくて、こんな朝早くから何してるのだ?風邪をひく」

心配そうに言う井宿に「平気平気」と笑いかけてから、薄く灰色がかった空を仰ぐ。今朝の天気は良くなかったので、別にそんなものを眺めていたかったわけではない。

「雪……降んないかなぁ、って思って」

それ以上は語らなかった雪の隣に立ち、井宿も同じように空を見上げている。

こんな空の色の時は、雨か雪になりやすい。残念なことに温暖地域での雪の日は、澄み切った青空よりも曇天の方が多いのは確かだろう。

二人して黙ったままだし、まだ仲間達は他に誰も起き出してこない。井宿はまだ雪の言葉の真意をはかりかねているようで、少々怪訝な表情だ。

耳が痛くなるほど、静かな時間だった。

「ふー。寒いね」

「部屋に来るのだ?何だったら、起こすからもうひと眠りしてても」

「うーん、それも魅力的なお誘いなんだけど。でも、もうちょっとだけ」

首をすくめた雪を見た井宿が、仕方ないなという風にひとつ白い息を吐いて、返事はせずに自室へ戻っていく。

放ったらかしで二度寝をするとは考えにくい。では何をしに行ったのか……と思ったのもつかの間、掛け布団を持って出てきた。彼はそれを上半身に纏うと、後ろから雪ごと覆うようにすっぽりと抱きしめる。

「わっ、」

起毛素材というか、薄手の毛布だ。さっきまで被って寝ていたのだろう、まだほんのりと体温が残っている気がした。

「こうしたら、ちょっとは良いのだ。女の子が体を冷やすのは感心しない」

「……う、うん」

上手いこと拒否できないように言いくるめられた気がしたが、本当にその通りだとは思っている。寒さで目が覚めたくせについつい「雪が降りそうな空模様だな」とろくな羽織りも持たずに突っ立っていたのだから、仮に井宿でなくとも似たような事を言って咎められたはずだ。

しかし、今更ながらこの体勢はちょっと緊張してしまう。察して和らげようとしたのか、井宿は雪の頭に顎を乗せてきた。

「紅南ではあんまり、雪って降らないのだ」

脳天で、もそもそと顎が動くのが少しくすぐったい。

「ん、そうらしいね。でも今日は降りそうな……いや、降ってほしいんだけどなぁ。雨になっちゃうかな」

「何か理由があるのだ?」

「そろそろ私、誕生日だからさ」

白い息が空へのぼっていくのを目で追いながら、雪は答える。

「今こっちの世界が何月何日なのか私には分からないんだけど、みんなに聞いたり自分なりに計算したら、そろそろかって」

それはまあ、別に正確でなくたっていい。こちらに来てから、だいぶ感覚重視で生きるようになった気がしていた。

実際元の世界との時間経過だって、ここと全く同じなのかは分からないのだ。

「なるほどなのだ」

捕まえるように首の前で組まれていた手が、冷えた髪をそっと撫でた。それがすごく心地よくて温かかったからかは知らないが、なんとなく話したくなった事がある。

「私が生まれた日って、向こうでも珍しく雪がたくさん積もったらしくて。お母さんが病室の窓から見た雪景色が、すごく綺麗だったんだって」

雪の住んでいたところも、どちらかというと積雪が珍しい地域だった。ただし、紅南ほど気候は良くない。

井宿は相変わらずの姿勢のままで、なにやら納得したように鼻を鳴らした。

「だから『雪』なのだ?」

何度も想像したその光景。黙って頷きながら、「ありがちだね」と親子で笑ったその話を、とても久しぶりに思い出していた。






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