ナツイロ

当日までに二人でざっと調べたところ、徒歩圏内に綺麗な海もあるのだという。旅館自体は山の上なので、一日で海と山の景色両方を楽しめるなかなかの欲張りスポットである。

天候も問題ないし、海水浴はさぞ気持ちがいいだろう。

「井宿、準備できたー?」

予報通りからりと晴れた出発の朝、大きなボストンバッグを引きずりながら雪が言う。備えて早めに眠ったお陰で、いつも以上に元気だ。

「ああ、そろそろ出るとするのだ」

暇潰しに所持品をあさっていた手を止めてファスナーを閉めると、井宿もゆっくりと立ち上がった。

まだまだ時間には余裕があるなと思った、その時だっただろうか。ピンポン、と一回チャイムが鳴る。現在時刻は朝八時ちょっと前、こんな時間にやって来る人間といえば。

「――翼宿!?」

スコープの向こう側の男は、アロハシャツを着てあからさまに浮かれている。もうこの時点で、反対側の窓から飛び出してしまいたい衝動に支配されたものの、また金貸しのような真似をされても困るので渋々ドアを開けた。

「よっ!」

「よっ、て……どうしたのだ」

まだ予感か当たると決まったわけじゃない。最後の悪あがきで何も分からないふりをしたが、そんな事は気にしない。彼はそういう男だ。

「準備は済んだか?ほな行くで」

「あれっ?なんだ、翼宿達も行くんだー?」

雪が後ろから嬉々と声をかけてきてしまい、井宿の方はぐぅと呻き声を洩らす。翼宿は腹が立つほど勝ち誇った表情で、目の前に何かの鍵を一本ぶら下げてきた。

「何なのだ、これは」

「レンタカーの鍵や」

「……まさかオイラが運転するのだ?」

「当たり前や、柳宿は無免やし、俺車はペーパーやねん。此処まで無事に持ってくるのさえ大変やってんで」

その言葉に、がっくりと肩が重くなるのを感じた。二人っきりの予定が狂ったのは百歩譲って許そう。しかし、まさかの運転手にまでされてしまうなんて誰が予想しただろうか?今日はのんびりと電車を使う予定だったのに。

「やっぱりあのときの妙な予感は、当たっていたのだ……」

「へ?何か言った?」

「何でもない。荷物は持っていくから、翼宿と先におりてるといいのだ」

雪は一瞬訝しげに眉をひそめるも、すぐに頷いて一足早く部屋をあとにする。

こうなったら頭を空っぽにして楽しまなければ損だ。そう思って、井宿は二人分のバッグを握りしめた。






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