バレンタインの夜に

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「っ、だ……!」

それが、よくなかったのだと思う。

「……ん」

鞄を覗き込んだ雪の横顔は、明らかに不機嫌だ。驚くほど瞬時に表情が消えたものだから、すぐに言葉が出てこない。

雪は少し鞄を覗いたままの体勢でなにかを考えた後――言われた通りに水のペットボトルを取り出し、些かぶっきらぼうな動作でテーブルへ置いた。

さっきまでぴったりと寄り添っていたのに、人ひとり分くらい距離もおいた。

口がより一層からからに渇いてしまって、一気にボトルの中身を流し込んだ。もう十分だと思ってもこの沈黙が怖くて、結局なくなるまで飲み続けてしまった。

しかし苦し紛れで稼いだそんな時間では、上手い返しを考えるには到底足りない。

「ご、ごちそうさま……」

「……お粗末様」

いつものやりとりが、いつもと違う。

「あの、雪……」

「随分モテたみたいだね、いいなあ」

間違いなく、彼女は無理矢理笑っていた。口の端がひくひくと引きつっている――。これはいけない。早く何とかせねばと気が焦る。

「い……いやいや!そんなの全部、同僚からの義理なのだ!」

「にしては、気合いの入ったやつが目立ったけどねえ……」

手作り系の包み、ちょっと高めに見える箱……鞄に放り込まれていたいくつものそれが、雪には不愉快だったようだ。

井宿は優しいし、仕事もできるみたいだし、贔屓目抜きにしたって見た目も悪くないし。……聞き取れる範囲で、そんな声が聞こえる。買いかぶりすぎだと今すぐにでも全て否定しておきたいところだが、きっと今はそれも逆効果だ。

「はあ、そうだよねぇ……。綺麗なお姉さんでもいたら、私なんかひとたまりもないや」

笑いながらぽつりと呟いたその言葉に、いつかの記憶がよみがえって――思わず手を伸ばした。

「雪、」

しかしそれは寸前で避けられ、雪は空になった食器を持って立ち上がる。

「いいよ、捨てるわけにはいかないもん。勿体ないお化けに取り殺されちゃう」

「……雪っ」

話など聞きたくはないというように雪はキッチンへ去り、豪快に水を出しながら洗い物を始めてしまった。






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