「骸様が死んだ」

天気のいい本日、長針と短針が頂上になる頃、千種は何の抑揚もなく言い放った。いや、抑揚はあったかもしれない。私にはそれを気づける余裕がなかった。思わず箸からおかずが零れ落ち、地面に達した音を遠くで聞きながら先ほどの言葉を反芻していた。
死とは、どんな意味の言葉だっただろうか。

動かない四肢、体温のない肉体、心もなく、横たわる存在だけが主張していた。
骸がいる部屋はまさにそうだった。遠目で見るからにはわからない。彼は本当に死んでいるのか。生きているのでは、血痕もない綺麗な状態の彼は本当に、止まっているのか。これはどっきりで、向こう側の窓からプレートでも持ってきてくれたら。そう願ってやまない。
でもそれは横たわっている人の周りにいた犬と髑髏が体現していた。わかる。この感覚がどういうものかなのか。目の前にいるのに声を遠くに感じた。叫び、名前を呼んでいるこの声、二人の発している音が、痛々しい。これは言いようもない事実なのだと突き付けられた。

信じたくない。何も言えない、戦闘要員ではない私から言葉をかけてはいけないような。一番無念なのはあの三人だ。ずっと一緒だったと聞いている。施設からの仲間で相棒達なのだ。私をここまで連れてきてくれてありがとう。千種にそう伝えると、手首をひかれ半強制的に骸の元まで連れていかれた。いいよ、私は遠目でいい、あの部屋の隅からでいい。最後に一言発すことができれば満足。だから、こう、目の前まで来てしまうと自分を抑えられなくなる。

骸はいつも私たちのボスで、少し抜けている部分もあったけど、そういうところも含めて私は尊敬していた。この場所があってよかった。私のよりどころであり家だった。骸はそんなことはないって言っていたけど、もう、そう思っている人はいないと思うよ。
ぼろぼろとあふれ出る言葉が止まらない。知ってるよ。みんなのヒーローだってこと。この先もみんなの先駆者であり続けるんだ。「この世界に幸せはありません」骸はそう言ったけど、あるよ。これが、幸せだ。あなたという存在が幸福の塊だった。その真実だけあればそれでいい。

「そんなことはない」

幻聴がきこえる。声を覚えているから、自分の中の骸が話かけてくる。現実は涙で見えないけど夢の中のあなたならちゃんと見れると思う。
いいボスだった。私たちはどうすればいい、どう生きていけばいい。葬式もあげないといけないけど、体がなくなるのは堪える。誰が殺した?どこの誰が、どこの所属のやつが、どんな目的で。いや目的がなくても、復讐しなければ。相手を、同じように、同じくらい、

「――勝手に殺さないでください」

指が痛い。手を握られる。それは目を開けていた。胸を若干上下させ、口も動いている。
突如言葉を遮られ私は意識を投げ出しそうになった。すう、と深く呼吸をし新鮮な空気を肺に運ぶ。

「――生き返った」
「死んでません」
「死、んでな……?」
「お墓はいりませ……っ!ごほごほっ!」
「墓……もしかして生きてる?」
「なんで、僕、死んだことになっているんですか」
「だって…… 死んだって」

骸が大げさにため息をつく。涙が止まった目で確認すると呆れているようで怒っているようだった。

「確認なさい」

握られた指が首元に押し付けれる。一定のリズムで動く心臓の脈と体温を感じて本当にここにいるのだと実感できた。
こんな無防備に喉を触らせるもんじゃない、とはすぐには言えず、これ以上に違う問題が浮上した。どう、死までいきついたかの理由がここにある。

「なんか、熱い」
「知っています、風邪ですから」
「は!?風邪!?」

千種!と名前を呼べば我関せずの姿勢で犬の方を向く。しぶしぶ、犬が「起きらくて辛そうで息してないみたいでご飯も食べない、遠くから見たら死んでるみたいと言っらだけだびょん」と口ずさんだ。目を合わせてくれない。ここは幸せの住処だが命がいくつあっても足りない。

「追悼の言葉は面白かったですね」
「いや、あれは、もう、亡くなったのだと、出てきた言葉で、」
「一言一句覚えました」
「覚えなくていいです。忘れてください……。穴があったら入りたい……どこか遠くにいきたい……」
「……骸様が治ったら旅行いこう……?」
「いい子すぎる髑髏ちゃん……行こうね」

ずっと立ち尽くしたままだった千種はビニール袋の中から取り出したペットボトルと箱を机に置く。風邪ひきさんには必要なラインナップだ。

「というか犬くん!」
「変なことは何も言ってらいびょん!」
「言った!誤解するようなこと言った!」
「薬です骸様」
「千種も!最後だけ言わないで……!」
「骸様……あつそう……お水……」

「うるさいので静かにしてください……」

とうとう骸が私たちに背を向ける。どこかでくふふと聞こえた気がした。
こんな和やかなのは久しぶりかもしれない。そうだ、おかゆ作って元気になったらみんなでどこかに行こうね。



忘れた昨日、只過ぎていく今日、待ち遠しい明日



・・・
タイトルはカカリアさんから。
エルドラとリボーンコラボアニメ、黒曜組ボーリング会の前日譚。


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