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『高嶺の花』なんて言葉が良く似合う。
吹出物もなければ、当然の如く痘痕一つ無い絹のような素肌。すっと引かれた眦は凛として、観る者に或る種の畏怖と羨望を与える。触れることすら恐れ多い、そんな気にさせる美しい男。
此の学園で最も綺麗な者は誰かと問われたならば、わたしは間違い無く彼の名を挙げるだろう。
───立花仙蔵
決して贔屓目でも何でもなく、客観的に観て申し分無い容姿は天が彼に与えた才能に違いない。蝶よ花よと育てられた覚えの無いわたしとは打って変わって、所作一つとっても絵になってしまう男のなんと憎たらしいことだろう。擦れ違えば軽口をたたけるくらいには親しい仲になったものの未だ踏み込めない領域がある、其れは人為的に作られた防護壁、踏み入れずに済むようにと敷かれた、わたしと彼を隔てる確かな一線。だから、まさかこんな日が来ようとは誰が信じられただろうか

湯飲みを傾ける仕種さえ美しい此の男と、同じ部屋で茶を飲む日が来るなんてことを


「言いたいことがあるならはっきり言えばどうだ?」
「へ……?」
「先程からちらちら此方を観てるだろう」
「あ、ばれてた?」
「こうも明け透け無く観られていれば、 な」
「ご、ごめん…」
「で?まさか理由も無く見惚れていた訳でもあるまい」
「……ちょっと自信過剰過ぎやしないか い?」
「何か言ったか?」

ぼそりと溢れた言葉を耳聡く聞き逃さなかった男があまりに綺麗な笑顔で問うてくるものだから、条件反射宜しく左右に首を振って否定する。わたしだって命は惜しい、ぶんぶんと手までもを振って、いいえ何にも!と答えれば、はあと溜息を溢された

「……全く、減らず口は叩けるくせに肝心なことは何も言わぬな、お前は」
「え………?」
「いや。それで何か思うところがあったのだろ う?」

飽くまでも理由を聞き出すまで引き下がるつもりはないのか、早く答えろと言わんばかりの気迫に、言わなきゃ駄目?という意味も籠めて上目遣いで見つめ返すも、まるで卑しいものでも観るような蔑みの眼差しを向けられてしまった

「う、何もそんな目で見なくても」
「お前が気色悪い真似するからだろう」
「気色悪いって…」

酷い言われようねと口元が引き攣る。歯に衣着せぬ物言いは綺麗な顔と相俟って辛辣極まりない。他ならない彼に言われてしまっては猶更、地味に傷付く。其れが本気でないことも、唯のじゃれ合いに過ぎないことも勿論分かっているけれど

「本当顔に似合わずっていうか、其の態度はどうかと思うよ」
「心配は無用。私にこんな態度をとらせるのはお前だけだからな」
「……………本当わたしの扱いって、他の子たちとは天と地の差があるよね」

くのいち教室でも一、二を争う人気を誇る彼は容姿も然ることながら、その紳士っぷりが人気に拍車を掛けていることは必至で。女の扱いに慣れているのか細やかな気遣いをさらりとやってのけてしまうところが心憎い。実際彼と実習でペアを組んだことのある子達は口々に彼のそんなところを褒めるのだ。決してわたしには見せたことのない一面を彼女達は知っている、つまらない嫉妬心がどろどろに溶けて暗く重く心を苛むのも一度や二度じゃなかった

「何だ、嫉妬か?名前」
「ッ、し、嫉妬なんかじゃ!」
「ふ、顔が赤いぞ?」
「〜〜〜〜っ!」

自然と顔に集まった熱に、目頭まで熱くなるのを感じて慌てて目線を逸らせば、愈々じわりと帯びた熱が零れそうになる。悔しいのか哀しいのか、辛いのか悲しいのか分からない感情が綯交ぜになって喉元まで競りあがってくる其れを如何にか塞き止めるのが精一杯で

「……………い、」
「ん?」
「…綺麗になりたい、」
「名前?」
「…… 知ってる?」

顔も上げず、手元に収まる湯飲に注視して。嗚 呼、今だって彼がどんな顔をしているのか想像するのも容易い、きっと涼しい顔をしているんだろうなと只管苦笑が落ちるのみだ

「仙蔵って、『高嶺の花』って呼ばれてるのよ」
「………………」
「くのいち教室じゃ専らそう称されてる。笑っちゃうでしょ、背だって高くもないし顔だって女みたいなのに」
「………………」
「それでも皆口々に言うの、あれは花だから、決して届かぬ高嶺の花。観ているだけで満足だと」

そう、幾ら触れられる距離に居たとしても決して触れられぬ遥か高みに在る其れは今だって目の前に居るのに、近くに在るのにこんなにも遠く感じられて仕方が無い。
其れは彼の精神の孤高さ故かそれとも其の容姿故か。わたしが少しでも綺麗であれば、少しでも美しくあれば或は触れることが出来たのだろうか
そんな風に、どうしようもないことばかりを考えるのに好い加減辟易して、くるくると手元の茶飲を弄びながら自嘲気味の笑いが喉を吐いて出る。何て愚かなことを 言っているのだろう、と

どうにかして取り繕わねばと顔を上げれば思いも寄らぬ顔と対峙した

「………私はお前に綺麗になって欲しいと思ったことなど一度も無い」
「仙蔵…、?」
「紅を差して欲しいとも髪を結上げて欲しいとも」

涼しい顔をしているだろうとばかり思っていたのに、此の男の顔はまるで其れとは掛け離れていて反射的に後ずさろうとすれば手元の湯飲みが転げ落ちた

「高嶺の花と称し勝手に遠ざけているのは貴様の癖に煽るのだけは一人前。今だって近付こうとすれば後ずさる。私が高嶺の花?笑わせるな」

逃げたい、逃げてはいけない。聞きたい、聞いてはいけない。触れたい、触れてはいけない。ゆっくりとけれど確実に狭まる距離に、どうにか逃げ出したい 衝動を叱咤してその場に留まれば瞬く間に腕を取られた

「私は花ではない、手折られるほど容易くも弱くも無い」

ぞっとするほど揺ぎ無い意志を宿した眸に捕らえられて目を逸らすことさえ叶わない。
不可触の花と思っていた。そうだと諦めでもしなければ耐えられないと思っていた。けれど、何より触れられないことに絶望していたのも誰よりも触れたいと願っていたのもまたわたしで、相反する二つの事象は一体何処で雑じり合い絡んでしまったのだろう

「散りゆく花と同じにされては困る。
外野のくだらん言葉に耳を貸す暇があるならば、少しは此方に目を向けろ」
「せ、んぞ」
「何とも思っとらん相手を部屋に招き入れるほど私は優しくなどない」
「…っ、」

綺麗になりたい、
綺麗に、なりたい
高嶺にある貴方に近付くには其れ以外ないとそう思っていたのに、なのに貴方は

「私が、私だけが、お前を」

───綺麗に出来れば、それで好い


耳朶に吐息が掛かるほどの近さに寄せられた彼の唇からは眩むほどの甘い科白が溢れ落ちて、世界が反転していく様は唯々美しかった





(君想う故に、朽ち果てぬ)




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