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「おやすみなさい。名前先輩。」

「おやすみ喜八郎。」


くのたま長屋の一室。
喜八郎は、毎晩こうして名前の部屋を訪ねては、夜の時間を共に過ごしている。

次の日、朝一番から実習があっても、どんなに遅くなっても、一旦部屋に寄って滝夜叉丸に言伝てから愛しい人の元へ行くのだ。

毎日の事なのだから言わなくてもいい。滝夜叉丸はそう言うが、喜八郎は何故か律儀に毎日必ず行ってきますと言って部屋を出る。

この日は休日で、前の日の夜からずっと一緒だった。
町へ出て買い物をして、お昼をお店で食べ、極一般的な一日を過ごして夜を迎えた。


「・・・名前先輩。寝ちゃった?」

「起きてるよ。」


声をかけると、自分の腕の中でもぞもぞと動いて、抱きしめる手に力がこもる。
そして顔を上げた名前の額に口付けて髪を撫でる。
喜八郎は、こうしている時間が穴掘りをしているのと同じくらいに好きだった。


















「寒くない?」

「喜八郎がいるから大丈夫。喜八郎は?」

「大丈夫。名前先輩あったかいから。」

「くすぐったいよ、喜八郎。」


ぎゅうっと抱きしめて、名前の顔中に唇を落とす。
クスクスと笑いながら喜八郎の頬を包んで、ゆっくりと深く口付けると、もっと、もっとと何度も追いかけて来る。


「せんぱい。寝たら嫌ですよ。」

「駄目なの?」

「はい。もっとずっとこうしていたい。」

「私もだよ。ずっとこうしてたい。」


衣擦れの音を立てて、喜八郎は名前隣から上へと移動した。

首に、柔らかく噛みついて唇を滑らせる。
肩に、胸に、腕に、肌蹴た寝間着から見える所へ何度も口付けた。


「名前せんぱい。ずっと僕の傍にいて下さいね。」

「どうしたの?急に。」

「少しだけ、不安になったんです。先輩も僕と同じ気持ちなのかなって。」

「喜八郎って時々変な事言うね。」

「そうですか?僕は毎日不安でいっぱいです。」

「どうしてそんなに不安なの?」

「だって・・・毎日毎日、必ず朝が来るから。」

「え・・・?」


酷く不安そうに、小さな声で喜八郎は呟く。
上に乗ったまま、名前の体をぎゅうっと抱きしめる手は、痛いくらいに強い。


「ずっとずっと夜のままなら、このままこうして居続けられるのに。」


名前の胸が、トクリと跳ねた。
自分と同じ気持ちでいた事を知り、胸の奥が熱くなる。


「私も、朝は嫌い。」

「先輩も?」

「うん。朝は私達を離してしまうから。朝何て来なければいいのにって、毎日思ってる。」

「良かった。僕だけかと思ってました。」


体を少し持ち上げて、深く口付ける。


「ねえ喜八郎。どんなに願っても、天地が引っ繰り返っても、必ず朝は来る。でも、朝を迎えた分だけ、夜も必ずやって来る。これから何度だって一緒に夜を過ごしたいって思うのは喜八郎だけ。」


するりと首に腕を回して引き寄せると、喜八郎はまた深く唇を重ねて何度も奪い取って行く。


「僕も、同じ事考えてます。それでも・・・やっぱり朝は嫌いだ。」

「うん。私も嫌い。朝何て、なくなっちゃえばいいのに。」


今度一緒に神様にお願いしようか。
なんて、馬鹿げた事を言って笑い合う。

遠くの方で、山鳥の鳴く声が聞こえた。
時刻は丑の二つが回った頃。
漆黒が覆う外は、まだまだ明ける気配を見せない。


「せんぱい。もし、今日このまま夜が明けなかったらどうします?」

「そうだなー・・・眠くなるまで、ずっと喜八郎と抱き合って話がしたい。」

「それだけ?僕は、先輩が欲しい。」

「私、も・・・。」

「・・・せん、ぱい・・・。」


甘くて熱い夜は、静かに静かに去って行く。



抱きしめ合ったまま迎えた朝は、昨日よりほんの少しだけ二人にとっては嫌な物ではなくなっていた。


「今日は授業さぼって一緒にいちゃいちゃして下さい。」

「だーめ。シナ先生怖いんだから。」

「・・・・名前先輩。夜のための朝でも、僕やっぱり朝は嫌いです。いつもこうやって僕から先輩を奪って行くから。」

「我が儘言わないの。私だって、出来る事なら授業さぼって喜八郎と一緒にいたいんだから。」


ぶつぶつと文句を言う喜八郎に制服を着せて、こっそりとくのたま長屋を抜け出す。
こうしてまたいつもの一日が始まる。


「・・・・・。」

「喜八郎。太陽を睨まないの。」

「・・・・だって、離れたくない。」

 
遍く全てを照らして、生き物に命を与える朝日。
生きて行くには必要不可欠だと分かっているけれど、少しだけでいいから明日はゆっくり昇ってくれないかな。なんて、馬鹿げた事を真剣に考えてしまうのは、腰に巻きついて離れない喜八郎をどうしようもなく愛しているから。


一日くらい、朝が来ない日があってもいいのに─


名前は溜息をついて空を見上げ、喜八郎と行ってきますの口付けを交わした。






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