で | ナノ







やあやあやあ。
久しぶり!君どっかで会ったっけ?
まあいいや!

俺の名前は名前!
元気でお馬鹿な六年は組の生徒だ!
自分で言うのかよ、だって?
俺は自身の至らないところを認めることも大切だと思ってるからいいんだ!
現に不運かつ不運で不運な伊作だってそれを認めつつ日々をたくましく生きている。
なあ、伊作!

俺が同意を求める表情で伊作を見つめると彼はきょとんと首をかしげた。
余所見をした拍子に箸からこぼれ落ちた唐揚げが味噌汁に落下し忍装束に茶色い染みを作る。
しかしいつものプチ不運にすっかり馴れた六年の面々は、ああー!と悲惨な声をあげる伊作を無視して黙々と自分の食事に集中している。
憐れ、伊作。
可哀想だが俺も心を鬼にして食事を続けるよ。
味噌汁にご飯うめえ。


今はちょうど珍しくいろは全組の食事の時間が合ったため久々に皆で食堂の机を囲んでいる。
七人ともなればそれは結構な大所帯だ。
隅っこの方にいるとしても六年が密集しているのだからそりゃもう目立つ。
他学年の後輩たちからの視線を感じつつも沢庵をかじっていると食事を終えて優雅に食後の一服を啜った仙蔵がそういえば、と呟いて俺を見つめた。


「名前、お前この間五年生のくのたまと別れたと思ったら次はあの鉢屋と付き合い始めたらしいな。今度は何日持つことやら…」


「ぶっ!鉢屋が相手とか名前正気かよ!?」


「私は一週間で別れるに十文掛けるぞ!」


「ならば私は三日に十五文だ」


「…もそ」


茶を吹き出した留三郎に小平太や仙蔵がからからと笑って掛け値をつける。

ハァ!?
一週間はまだしも三日って!短すぎだろうが!
言いたい放題言いやがって!


「みんな酷すぎやしないか。なぁ伊作!」


「はは…まぁほら。名前って波が激しいじゃない?好きになったら凄いけど、その分飽きるのも早いよね」


伊作が眉を下げて俺を見つめる。
すると俺が否定しようと口を開くより先に今まで黙って飯を食っていた文次郎がふん、と息をついた。


「名前は激しいなんてもんじゃない。波がありすぎるんだ。典型的な忍の三禁に嵌まりおって」


「情熱的だと言え文次郎!誤解を招くだろうが!」


「事実だろうバカタレ」


「だな」


普段なら絶対に文次郎の意見になど賛成しない留三郎まで同意する…だと!?
なにこれいじめが始まったの?

俺は食事の手を止めてムスッと六年の面々を見つめる。

確かに…俺はちょーっとばかり熱っぽく且つ冷めやすく見られがちかもしれないよ?
でもそれは全くの誤解であるし、あくまでこの俺の恋愛遍歴には理由がある。
だからこれは決して奴等が言うところの波などではないのだ。
今回だけはガチだぞ。
いや、ほんと。


「名前、全部口に出てるよ」


まじで?

俺が顔をあげて伊作を見つめると彼は眉を下げて呆れたように笑った。
その正面で仙蔵がハッ、と鼻をならして息をつく。


「いくら御託を並べようと相手があの鉢屋では説得力がないな。別れるときに揉め事を起こすなよ?」


「いや、だから俺はそんなんじゃな…」


「修羅場になった時は必ず私を呼べよ!いけいけどんどんに見守ってやる!」


「やめろお前は楽しんでんだろ!!仙蔵もそっちの方が面白いかもって顔すんな!」


俺たちがぎゃんぎゃん騒いでいると突然後ろから影が射した。
よく知った気配に俺はすぐさま振り返る。


「何やら楽しそうな話をしてますね。先輩方」


「三朗!」


そこには柔らかい笑みを張り付けた俺の恋人、鉢屋三朗がBランチ片手に佇んでいた。


「おや、噂をすればだな。今丁度お前たちの話をしていたところだ」


「私と名前先輩のことでしたらご心配なく。名前先輩の波が激しいことは知ってますから」


そう言って三朗は辺りに座する六年の面々を見つめる。

なんかそれ…信用されてないみたいで悲しいんだけど。

俺が地味に傷付いていると小平太がどう心配ないんだ?と無邪気に首をかしげた。
それを聞いた三朗は俺に視線を移すと優しげな不破雷蔵の顔でにっこりと微笑む。


「名前先輩が私と別れるなんて言った日には、先輩を去勢して差上げますから」


その言葉にその場にいた半数の顔色がさっと青く染まった。
な…にそれ笑えない。

思わず袴をぎゅっと握る。
文次郎や留三郎の憐れむような視線が心に突き刺さった。

俺ってどれだけ信用ないのよ…。


大体お前俺が今まで付き合ってきた女の子達がどんなのか知ってるのかよ。
みんな、過去にお前が変装した顔に似てるんだぜ?
笑っちまうだろ?

つまりはそういうことなんだよ。

大体そんな場の勢いみたいなもんで男と恋仲になったりなんかするわけないだろ。
俺をなんだと思ってるんだ。

尚も俺に完璧なまでの柔らかい笑みを向けながら隣に腰を下ろした恋人に、俺は曖昧に笑ってみせた。

三朗は知らない。

みんなが言う波なんていうものは存在しないことを。

ここに存在するのはずっとひとりの想い人の面影を求めてさ迷っていた、馬鹿な男の恋情だけだ。

そんな格好悪いこと、教えてなんかやらないけどな。


さざ波さえも立たぬほど (君だけをずっと想っていたのです)





[ ・ ]